心に宿る2柱の神 貧乏神と福の神はどこにいる?

最近は少々、悶々としていたりする日々ですが、プライベートはいつも通りの指針で動いている『けーご』です。

今回も仰々しい雰囲気のあるタイトルですが、どうでも良い能書きを絡めて書いてみましょうか。

やはり自身の『心』と直結する考え方がメインテーマです。

はじめに

前置きとして、どうでもいい蘊蓄(うんちく)・能書きを・・・。

以前の記事にも似たようなことを書いたのですが、あくまで『神』とは人間の心情が作り出した絶対的な存在。

その存在そのものが必ずしも奇跡や超常現象を確実に起こすものではない。

あくまで第三者が『スゴイ』とか自分自身が瞑想・祈りなどを捧げる『象徴』という存在ということ。

 

私は世間一般的に言われている『神』の存在は認めてもいないし、信じてもいない。

が、30年前に有名であったスピリチュアルリーダーの格言は、その人のやったことには否定的であるが名言であるとしている。

アナタの中に『』がいる・・・

そして、更にどうでもいいことを付け加えます。

物体の数え方は1個、2個、3個とか、人ならば1人、2人、3人とか。

神に関しての数え方は1柱(ちゅう)、2柱、3柱と定義されている。

悪魔は1体、2体、3体らしいんだけどね(謎

 

まあ、こんな定義の元、今回のコンテンツタイトルは【心に宿る2柱の神】と命名したまでです。

 

結論からいって2柱の神とは?

2柱の神とは福の神貧乏神です。

我々、1人1人の存在意義や価値は、どんな人間にもあるのは間違いない。

そんな自分に培われていたり、宿っている価値や使い道が分かっていないだけの話であって、それぞれには確実にオンリーワンの価値があるものだ。

そしてそれを決定づけて使っていくのは自分自身のであるわけです。

しかし、その『心』に宿っている神が『福の神』なのか『貧乏神』なのかによって、未来は大きく変わる。

 

『福の神』とか『貧乏神』というと、『カネ』『ゼニ』か・・・と思われるかも知れない。

しかし、人には6つのリソースがあるのは、過去に何度も書いてきた。

あくまで『カネ』を軸に説明すると分かりやすいので、今回も『カネ』に関することで少々、述べてみたい。

 

時間の経過と供に・・・

例えばある程度、生活も安定してくると、家が欲しいと思う人はいると思う。

正直に言って、長く会社に勤めていたりすると、割と給料が安かったとしても家などを所有することは簡単だったりする。

特に今の日本は”買うが易し売り難し”という状態であるからだ。(これに関しては今度、気が向いた時にでも・・・)

 

かつての社会人のステータス・・・夢の1つに挙げられていたのが『マイホーム』を持つことであった。

今はこれは崩壊していると私は思っているのだが、話を進めよう。

 

家を買うということは、人生で一番、大きな買い物といってもいいかもしれない。

そこには間違いなく決断が必要であるわけだが、それに至るまでの理由は人それぞれだ。

 

[見栄を張りたい]

[家賃を払うのがバカ臭いから]

[資産を持ちたいから]

[家族の為に・・・]

[自己満足の為に・・・?]

[営業トークに流されたから]

 

おそらくは多くの人間が家賃を払う変わりにローンの返済という形で家を買うことになる。

しかし、ローンで買うというのは、完全に自分のモノになったわけではなく、家の購入代金を肩代わりしてくれた銀行をはじめとする存在のモノでもある。

あくまで買った家に今後、起きる責任を自分がとるという形であること。

 

だからこそ幸せな気分になれることもあれば、自由気ままに家をカスタマイズすることが出来る。

もちろんマイホームのメリットというのはあるわけだが、前述したように責任は全て買った本人がとらなければならない。

 

現在の日本で特定の物件を除いては、買うことのデメリットが多いことはここでは挙げない。

とりあえず何故、これが貧乏神となりえるのか?ということであるが、それは【固定資産税】という課税が毎年あるからだ。

詳しい課税方法などはググればいくらでも出てくるのだが、買ったマイホームが土地・家コミコミで5000万円ほどの評価額の家だったとする。

ざっくり言うと、毎年、固定資産税は20~30万円ほどかかってくるわけです。

 

家のようなものは、いらなくなったからすぐに捨てるということも出来ない。

かといって飽きたから誰かに貸すというというのも、タイミングや運が必要だったりもする。(リスクがある)

そして、家は自然の中に建てられた物件であるために、経年劣化が確実に起きる。

最初から余程、うまく計画的にやらないとマイホームというのは資産ではない。

 

マイホームに一生、住めばいいではないか・・・とか、子供がいるから継がせばいい。

こんな意見もある。

だが、前述したように経年劣化や時間の経過によって評価額が下がったとしても固定資産税がかかって来る為に、毎年、『カネ』は吸い取られていく。

自分の子供が自分のマイホームを継いでくれるかどうかなども分からない。

 

何十年と住み続けているだけで、ローン代金に加えて固定資産税もとられていく。

それを覚悟した上であったとしても、自分自身の心境の変化というものも加わってくるし、地域の変化ということもあったりする。

 

時間の経過と供に自分のリソースを奪っていく存在・・・貧乏神は実は自分の家・・・という本末転倒な状態に陥る可能性もあるわけです。

しかし、本当の貧乏神というのは、家ではなく買ってしまった自分自身の心に宿っていたということなのですよ。

 

リバースさせて繋げることで宿る神

『カネ』を軸として不動産という形で貧乏神を解説してみましたが、『カネ』だけではない。

自分に恩恵をもたらしてくれるはずのその他のリソースを無闇に第三者に明け渡してしまったりとか。

大抵はこれって【人間関係】によってもたらされることが多かったりするんですが、それは別の話にしておきましょう。

 

例えば働けど働けど暮らしは一向に楽にならないとか、一生懸命、頑張っていても同じことの繰り返しで幸せを感じることがないとか。

それは自分に貧乏神が宿ってしまっている・・・その貧乏神とは自分の心です。

 

誰しも自分の世界というものを持っている。

そこでは自分自身が絶対的な神であるわけです。

自分が本当は創り出していかなければならない。

 

一概には言えないけど、それを他人に安易に委ねてしまったり短絡的に楽したいからとか気分良くなりたいからといって、踏み込ませてはいけないわけです。

 

では、貧乏神ではなく福の神を宿すにはどうすればいいのか?

貧乏神をリバースさせて加えることで、リターンに繋がることが高くなる。

 

私の場合で言えば、ある一時期を境に自分は多くのモノを持たないようにすると心掛けています。

 

このブログのタイトルでもある【たった一人の魔道】。

なぜ、たった一人・・・孤独に拘るのかといえば、それは自由で在りたいからです。

それを理解してくれる人だけでいいし、情報というものもそれに付随するものだけでいい。

『カネ』というものも、不用意に資産を持たない・・・例えば前述した不動産とか。

 

自分自身の幸せの在り方が何であるのか?を明確に自分の心に決めていること。

 

他人評価などは気にしない。

他者依存を出来るだけしないように心掛ける。

 

自分の時間を何に使っていくのか?

自分が真に幸せと感じることに、リソースを使っていく。

そして、ある行動理念が必要不可欠であると私は断言できますが、これはここでは記しません。

それこそが心に福の神を宿すことに繋がっていくということです。

 

更に貧乏神を宿している人間や存在と絶対に付き合わない&保有しないということが非常に重要です。

 

尚、魔法の道具・・・私は兵隊だと思っている『カネ』に関して言えば、多く持てば持つほど選択肢が増える半面、様々なものが寄ってくる。

人間だけにとって価値があり、人間だけが信じている証ですからね。

そこには『念』が宿っていたりします。

 

加えて自分自身も稼ぎ続けなければならないという状態に追い込まれることもあったりする。

それは即ち時間が無くなるということでもあったりします。

 

これを幸せか不幸かと問われれば、人の価値観次第としか言えませんけどね。

 

最後にまとめると自分の心に貧乏神と福の神を宿すことが出来るか?がポイント。

貧乏神を知ること出来たから、それをリバースさせて福の神を宿すことに繋がる。

 

これを読んで頂いた読者様へ最後に向けて。

もちろんアナタの人生ですから、アナタが決めること。

具体的にアナタの幸せが何であるかは私は分からないから、私はそれに関しては何も出来ない。

アナタの幸せはアナタが決めていいことですから。

 

ただ、自分の心に何を宿すかによって未来が決まるので、今日はそんな考え方というのをシェアさせていただきました。

 

最後まで読んで頂いてありがとうございます。

では、またのう(´Д°)ノシ

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