Truthとは真実という意味であります。

 

辞書によると”一般的には、他者との関係性を前提に社会で合意して共有できる皆が一致する、より公的で社会性を有する事柄を真実と言う。”そうです。

 

これが意味としてまかり通るのならば、ある矛盾が生じてくると感じているので、今日はそんなことを切り口に書いてみます。

 

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情報を制するものが勝てる時代だった

こういうことを考えていると、何となく思い出すのが上の曲。

 

別にもう消えてしまったロックバンドの宣伝をしたいわけではないのですが、この曲もTruthという名前なので何となく。

 

本題に戻しますが、前述した真実の意味で出てくるものは、多くの人間が認めて注目しているものが真実となってしまうということです。

 

つまり、数によって決められてしまうということですね。

 

そうなると例え間違っていたとしても、巨大なメディアや権力、もしくは最初にその情報を拡散して注目を集めたことが真実としてまかり通ってしまうということにもなる。

 

陳腐な例をいえば、だから昔は冤罪で無念に散っていった罪のない人たちが多かったといえる。

 

更にひねくれた例を挙げれば、第三者からみて、当人同士が嘘つきあっていたならば、真実も虚偽も判明できないということにもなる。

 

結局のところ我々が受け取れる多くの情報の大部分は、自らが体験したものではなく、間に誰か入ってからの情報ばかり。

 

それが本当の真実であるかどうかを確かめるには、時間もコストもかかってしまうので、信じざる得ないという状態に陥っているんですね。

 

更には情報発信はそれまでは巨大な力を持っている組織しか出来なかったのですが、現在は誰でもどんな人であったも情報発信が出来る便利な時代になりました。

 

なので情報の質が問われているという新たな問題もあったりします。

 

そして、そんな情報というものが年々、凄まじく膨張していることが問題視されていたりするのですが。

 

新しい時代がはじまったことの弊害

総務省のホワイトペーパー(総務省トップ > 政策 > 白書 > 26年版 > ICTの進化が促すビッグデータの生成・流通・蓄積)から。

 

2020年には地球上には40ゼタバイトの情報量に溢れかえるという計算があります。

 

40ゼタバイトってどのくらいかといえば、40,000,000,000,000,000,000,000 。

 

ゼロが22個もありますね。

 

億、兆、京、垓・・・40垓という途方もない量です。

 

ちなみに地球上の砂を全部かき集めたら1ゼタバイトらしい。

 

それの40倍とかいって、意味わかんないですね(;^ω^)

 

はっきり言って、それだけの情報量を全て把握することなんかは、絶対に無理と言っていい。

 

その中から自分にとって価値のある情報をみつけだし、選ぶ力というのが必要になってくると思われます。

 

ちなみに余談ですが現在、世界中で飛びまくっているメールの98%というのが、スパム(受信者の意向を無視して、無差別かつ大量に一括してばらまかれる、各種ネットメディアにおけるメッセージのこと)であるということも判明しています。

 

つまり、その情報の取り方次第では本来の自分自身の目的から逸れて、望まない別の人間の意志を刷り込まれてしまう可能性が高いということでもあります。

 

考えてみたら、これは由々しき事態であるとも思っていますが、この流れを一個人や一組織が止められない状態になっているのが現代なわけです。


同じものであっても人によって違う

ところが人間というものは解釈というものが分かれてしまいます。

 

同じ情報であっても、私が認識した答えと、アナタが認識した答えの違いというものが出てきたりする。

 

これは何故かと言えば、私もアナタも今まで生きてきた環境や影響されたものが違うからですね。

 

分かりやすい例を挙げてみます。

 

アイドル好きの男性がいて、お給料の大半をそのアイドルを支援する為に使っている人は多い。

 

その人からすれば、そのアイドルに関連する情報というのは非常に価値があるものでしょう。

 

しかし、私からすれば『お金あげるから、そのアイドルの情報を受け取って!』と言われても受け取りません。

 

何故ならば私には全く興味もないことだし、時間の無駄であると思っているからです。

 

どんな情報であったとしても、その価値を決めるのは自分しかありえないということになったりする。

 

そして、その情報を信じるのも他の誰でもない自分の判断に委ねられるということ。

 

真実も虚偽も重要ではないのかも知れない

結局、答えは価値があるともいえるし、価値がないともいえないという、非常に曖昧なことになってしまいます。

 

しかし、確実に言えることというのは、その情報がその後の生活、人生に良い転換の切欠になったというのであれば、これは価値があったということです。

 

一番、分かりやすい例としてゲームで解説しましょう。

 

・このステージを3分でクリアしたいという望みがあったとします。

・そしてそれを3分で実際にクリアする方法を公開している人がいたとします。

・自分がそれを実際に同じ方法でやってみて3分でクリアできたとします。

 

これが自分にとって完全に価値があった情報であったということです。

 

ここでポイントは実際に3分で出来るのかどうかを自分で確かめるという検証が必要。

 

そうでなければ本当に価値があったという判断が出来ないわけです。

 

別の言い方をすれば裏トリってやつです。

 

私の場合は情報をとる際にはいくつか抑えていることがあります。

 

それは本当に自分がそれが楽しいとか必要と感じるものだけしかとらないということです。

 

更に言えば一次情報、もしくはそれに近い情報にあたるということです。

 

一次情報、二次情報、三次情報とは具体的にどういう中身なのかは書きませんが、非常に重要です。

 

特に未来を意識することは100%重要であっても、その未来がどうなっていくのかというのは、正確に前もって分かる人間は誰もいません。

 

だからこそ、未来をリーディングする為には、どんな情報を誰が発信しているのかというのが重要になってくるのです。

 

私が思う真実というのを敢えて言わせてもらうならば、自分の目的の結果に近い情報。

 

これがTruthと言えると感じています。

 


真実や虚偽を正確に証明するのは困難を極めるが、大事なことはその情報が自分にどう役に立っていくのかの使い方ではないか?

 

最後まで読んでくださって

ありがとうございます。

 

感謝しております。

 

Everything is going well!!

 

全てはうまく行きます。

 

それでは、またね^^

 

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