数の蓄積こそ廃人たる資質

分からないことを考えることには意味が無い。

 

以前はそう考えていました。

 

だけど、そこに大多数の人間の心理が絡むとなれば充分、考える余地があると再認識している私。

 

人々が残した痕跡を紐解いて、自分なりの理論を作り上げていき恩恵に繋げるという行為そのものは面白すぎる。

 

何でこれを2年前からやらなかったのかと感じていたりもしますが、それこそ考えても仕方がない無意味なことですね。

 

そんなわけで今日も更新してみます。

 

ちょっとアングラな内容になるし、実際には当事者が既にいない為に真実は分からないけど、あくまで私の思うことということで。

 

私が何か物事に夢中になり、大嫌いな言葉である『努力』が必要と感じた時に思い出される人物がいます。

 

歴史上偉大な人物とかではなく、ある事件の被害者で既にこの世にいない女性。

 

東電OL殺人事件の被害者の女性ですね。

 

高学歴で秀才でエリート街道を突っ走り、東京電力という大企業で役職を持っていた彼女。

 

しかし夜には円山町などの街角に立ち、売春婦をしていたという奇妙な素行を持つ曰くつきの人物。

 

そんな生活を続けていく中で、ついに喜寿荘というアパートの一室で殺害されてしまった。

 

冤罪に絡む国際問題、東電のスキャンダルということで当時は凄まじいメディアの過熱も問題視されていたようです。

 

所詮は過去のことであるし、真実などは結局のところ色々と言われているけど、闇の中に葬られたことも多いだろう。

 

私がここで書きたいのはそんなことではない。

 

そういうのは多くのルポライターとかがやっているし、散々、メディアも取り上げているので・・・。

 

一つよく言われる謎の一つとして挙げられるのが、被害者の女性である渡邊泰子が何故、そんな二重生活を送っていたのか?ということ。

 

東電に勤めているということで、本人は申し分ない学歴もあるわけなので、お金の為にやっていたわけでもない。

 

だからといって淫乱だったかと言えば、どうやらそうでもない様子。

 

じゃあ、キチガイだったのか?というのは、少々、短絡的。

 

渡邊泰子を追った記者などは、古の文学作品などを持ち出したりとかして、何とか彼女の内面を蘇らせようと試みていたようだ。

 

結局のところ分からないよ。

 

だけど、私は何となく分かる気がするのだ。

 

当然、私は男であるし、女性の心情の全てを理解することは不可能。

 

金の為に自分の生命を危険にさらしたり、金の為に尊厳を切り売りしてしまうようなこともしたくない。

 

分かる気がするというのは、簡単に言えば『数』の蓄積を楽しんでいた人なのだと思う。

 

それ以外は全てが下らないと思っていただろうし、そもそも意識下に上がっても来なかったと思う。

 

私はゲーム廃人だったこともあり、ゲーム脳とはどういうものなのか?というのはよく分かっているつもり。

 

ハッキリ言って、ゲームの殆どは数の蓄積を楽しむものだ。

 

RPGだったら自分の分身のレベルを上げて、より強い敵と戦って、戦利品を分捕る。

 

戦利品は高く売れたりもするし、売れたゲーム内通貨で更に強い武器や防具を買って、更に高難易度の敵やフィールドと立ち向かう。

 

その根本を成すものの全ては数字という言語である。

 

世の中も数字という言葉に支配されているといっても過言ではないし、私もそれは重々、認めている。

 

数ほど単純明快で分かり易く説得力の高いものは無いかも知れない。

 

その他のことは、酷く曖昧なことがおおい。

 

だからこそ数というのは重要だし、現代人にとって便利なのだ。

 

ただ、なんの数の蓄積を楽しむのか? そしてその手段は何なのか?が問題であると思う。

 

顧客リストの数と質が大事なのは、ビジネスやった事のある人間なら分かるだろう。

 

月に15万円よりも月に20万円の給料のほうがいいに決まっている。

 

自分の自由に使える時間は8時間だけというよりも、24時間使えるというほうがいい。

 

前述した渡邊泰子というのは、おそらく売春という形を用いた『数』の蓄積が楽しかったに違いない。

 

要するに彼女からすれば、完全にリアルオンラインを楽しんでいたということだ。

 

調べでは渡邊泰子は年収にして1000万以上は貰っていたと言われている。

 

割と綺麗な人だったようなので、縁談や言い寄って来る男も若い時は多かっただろう。

 

だが、既に予定調和でチョンボしなければ、ずっと飼ってもらえる様な生活の行く末は、所謂、『普通』。

 

彼女ほどの頭の良い人物ならば、その後の未来がどういうものになるのかは想像するに容易かったに違いない。

 

それよりも自分自身の肉体と全てをフルに使って、楽しめる生々しいゲームを思いつきそれを具現化したのだろうと私は考えている。

 

彼女は記録によると、売春を始めてからは何人の男と凹凸をしたのか?とか、幾ら貰ったとか、何時何分にどこでやったとか、克明にメモしていたという。

 

そして、仕事場では疲れからか居眠りしていて仕事出来ない時もあったようだが、必ず定刻通りに出社し、キチンと自宅に戻っていたという。

 

一日に4人の客をとるというノルマも自らに課して。

 

男に声をかけて金に折り合いがつかなければ、2000円程度で抱かすということもして、とにかく数の蓄積をしていたという。

 

客の中にはハードな変態もおり、とても普通ではない行為を要求してきたこともあったそうだ。

 

それも彼女は出来るだけ応じたという。

 

その結果、ラブホテルから訴えられて詫び状を書いて、許してもらったこともあるという記録すらある。

 

他にも色々と逸話があるが、何にせよ自分のやったことを事細かに丹念に記録し続け、自分の決めたルールの通りに自分を動かしていくということは、並大抵の精神力では出来ない。

 

お小遣い帳もまともにつけられない人間もいるわけだし、いとも簡単に自分で決めたルールや必要だと思われることを破る人間も多い。

 

並大抵のこと何年も続けられるというのは、短絡的ではあるかも知れないが、『楽しい』ことだったのだ。

 

ゲームにハマっている子供たちは、同一姿勢を何時間続けていて疲れていても、ひたすら熱中する。

 

睡眠時間を削ってでも、楽しいことならばやってしまう。

 

ゲームだけに限らずに面白いシリーズ物の映像作品なども、寝落ちするまで鑑賞してしまったりとか・・・。

 

枚挙にいとまがないが、自分が『楽しい』と思うものを見つけ出して、出合ってしまうと人は確実に周りのほぼ全てを遮断して打ち込む。

 

人によってはそれは狂気にうつることもあるかも知れないし、理解なんか出来やしないだろう。

 

なので私は渡邊泰子という人物の凄まじい程に怪物的な内面に敬意を表しているのかも知れない。

 

何というか彼女の場合は行為そのものと手段が、人々に忌み嫌われるものであったり、隠した方がいいと思われる事柄だったことが問題として取りだたされたのだ。

 

これがもしも芸術などに絡むことだったならば、おそらくは既に名うての名手になっていたことだろうし。

 

ちょっといつも以上にとりとめが無くなってきましたが、最後に私が思うことは充分、見習うべき点が多い人物であるということ。

 

身体を売ったりすることを見習いたいということではなく、それだけの自己管理力と物事に打ち込む怪物的に純粋さのことを言っている。

 

これは余談だが、結局のところ本人もいつ死んでもいいという覚悟でやっていたことだと思う。

 

自分の身体と知恵と全てを駆使して、誰に何を思われようと構わない勢いで彼女は彼女のゲーム・・・リアルオンラインを楽しんで死んでいったのだろうと思っている。

 

まあ、あくまで事件を本などを買って読んで、色々と考察した私なりの主観に基づいた答えということです。

 

リアルオンラインをやっていたんだろうな・・・と思うと、うん、何か色々と納得出来ちゃったんで。

 

焦点を絞った物事は違うにせよ、彼女の100分の1でも、そこに向かう勇気と精神力を身に付けられたらいいなと思うこともあるということです。