その先、その刹那にある無数の時間軸

私は事実上、2017年11月から2021年3月まで『世捨て人』であったと自覚している。

何故、世捨て人と自分で自分のことを言うのかと言えば、世俗(せぞく)なことを意識的に取り入れない様にして、自分の思うがままに生きてきたからだ。

結局、コロナ禍の到来と供に、大きな心境の変化が生じて、世捨て人から脱却したわけであるが。

今回は踏み出した先にあるものという未来に焦点を向けた考察を記していきたいと思います。

大前提として我々は何に支配されているのか?

結論から言って我々は『時間』によって支配されている。

学生は時間割によって学業をこなしていくし、アルバイトの方は一時間売ることによって、いくら?という形で対価が決定している。

多くの社会人は月給、年俸という形で時間を売った対価を得ている。

拝金主義の方は時間よりもカネを尊び、カネがこの世を支配していると錯覚している者達も非常に多いが、否。

何はともあれ『時間』なのですよ。

言い方を変えれば、私たち個々の命を数値化したものが『時間』といっても差し支えないと言える。

と、いっても人はいつその命を終えるのか?などは自殺でも計画していない限りは誰も分からないわけである。

しかし、誰にでも普通に考えると豊富にあるのが『時間』であったりするので、無駄にしがちであったりするのです。

世捨て人だった私が思うこと

前述したように私は世捨て人だった。

自分のやりたいようにやっており、経済活動はチャートを見て売買したり、放置したりだけの日々。

何かを創って自分の世界から外に送り出すこともしなければ、具体的な他人の価値を意識して自分を示すということもしなかった。

それまでに形骸化してしまった自分の知的財産もあるし、自分自身の心の一部もミイラ化していた部分があるとも感じる。

もしも、コロナ禍という切欠が無かったとしたら、どうだろう?

私は間違いなく社会人に戻っていなかっただろうし、カネだけで言えば今よりもあったかも知れない。

しかし、断言できるのは、その時間軸の私は今の自分からすると生ける屍であったと感じずにはいられない。

 

要するに現在の私は、実績と魔力を失われた状態である。

枝葉のほぼ全てが抜け落ちてしまったわけだが、だからこそ根の部分が時間の経過と供に修復されていく。

そして、これから新しい彩(いろどり)のある枝葉が実っていくという状態であるに違いない。

 

そう思っているわけだ。

その刹那、その先に踏み出すことで時間軸が現れる

何かの切欠で自分自身に新たに制限を設けたり、新しいことに挑戦していくことはよくある。

その結果は100%どうなるかは、誰にも分からないし、自分にも分からない。

だが、確実に分かっていることは、何もしなければ現状はそのままであるか、悪くなっていくだけである。

基本的に私は現状維持なんてものは存在しないと思うようになった。

何故ならば、色々な理屈と根拠のない事柄を信じて、何もせずにいた数年間を経験したからだ。

その結果、確実に分かったことは、現状維持などはなく、人にあるものは進化と退化しかないということ。

二つに一つ、どちらに偏るかしかないということ。

何もしなければ、多くの場合は退化しかない。

現状維持をしているのならば、それは進化しているということである。

ただ周囲が加速しているので進化を感じないだけであるでしょう。

そう考えるようになったわけで、とにかく進化する為には自らが行動して、別の時間軸を目の前に出現させなければならないのです。

つまり過去は一切、関係ないということ

我々が意識できる周囲には、実は無数の機会や切欠がある。

情報伝達手段が整った現在は尚更、その量は途方もないわけである。

過去の情報は自分を律する為に必要な場合もあるが、その多くはどうでもいいこと。

要するに未来の為の養分でしかないということでもある。

 

過去こうだったから、きっと未来はこうなる。

あの時、俺がああやったから、こうなってしまった。

何の関係もないのです。

 

もちろん蓄積が必要な物事に取り組んでいる場合は、この限りではない。

ですが、多くの物事は前から後ろの通り過ぎて、どんどん遠ざかっていくだけにしか過ぎない。

 

必要とされるのは

 

これから何をしていくのか?

必ず一歩、踏み出して経過を見る。

自分の期待値が上回った場合は、自分が費やせるあらゆるコストを更にベッド(Bed)していく。

 

ありとあらゆることに当てはまります。

仕事、恋愛、ゲーム、多種多様な生活に至るまで、全てにおいて。

 

その結果、自分自身が幸せなのか、不幸なのかは分かりません。

何を捉えて、どう感じるのかは私、もしくはアナタの心の在り方によるものだからです。

願わくば自分自身が楽しくって満足のいく結果になることが望ましいし、それに対する行動をしていかないと意味を成さないのですが。

最新情報をチェックしよう!