見棄てられた者たちの地 前編

最近、自分のメインマシンパソコンが調子が悪くなっていたので、少々、メンテナンスをすることに。

 

半年とか一年くらい放置していると、パソコン内部は汚れてくるので、バラバラにして綺麗に組み直すだけで、大体は蘇る。

 

2014年に自作したマシンだけど、このマシンを使って様々なことに時間と気力とお金を費やしたっけ・・・と物思いに耽りながら作業していました。

 

と、そんな時に思い出した事柄を取り上げてみましょうか。

 

その地へ足を踏み入れることに

2018年初頭。

 

今から一年ちょい前のことですが、私の周りはどこもかしこも不平不満・愚痴・泣き言が目立っていました。

 

私の少ない人間関係の中でも、結局はネガティブなことに目を向けて、自分を何とかして欲しいという他者依存の考え方を口にしてぶつけてくる人間が複数、出てくる始末。

 

場合によっては、私の知らないところで、間接的にいがみ合ったりすることもあったり。

 

私はある時期を境に

物事には善悪などはなく、解釈の違いがあるだけ。

マイナスがあるのならば、プラスも確実にあるはず。

と、考えるようになったために、世の多くの人間が大好きな話題のネタである『不平不満・愚痴・泣き言』を口にする人種とは、距離を置いて過ごしてきた。

 

私の数少ない人間関係の中で。

 

物事の悪いことばかりを見て判断するのではなく、その中に何か良いことがないのか?を見定める冷静な心の力を持っている人たちばかりだと信じていた。

 

しかし、実際にはそうではなかったことを痛感した。

 

不平不満・愚痴・泣き言を口に出すのが習慣になっている人間が近くにいると、結局、自分もそうなってしまう。

 

どれだけ自分は鉄の意志があるというような自信があっても、これは避けられるものではない。

 

そのメカニズムはここでは書かないが、何にせよ近しき人間が実はそういう考え方から脱していないことに気づいた。

 

自分は本当に人を見る目がないな・・・。

 

あまり考えたくはないが、こうしたことさえ思ってしまった。

 

とにかく現実逃避をしたくなって、それまで自分が費やしていた時間や気力、お金を別のところに費やしたくなった。

 

そんな時にあるインターネット上にあるクローズな空間を見つけた。

 

そこに『人』がいるのならば・・・

少々、話は脱線するが、まずはある自論を明確に言わせてもらう。

 

自分以外の他人が複数、いるのであれば、そこは大きい・小さいを関係なく『社会』或いは『世界』と呼んでもいい。

 

私たちの多くは生まれて右も左も分からない子供の時から、必然的に社会に組み込まれている。

 

親、兄弟がそこにおり、一つ屋根の下の『家族』。

 

これは規模が小さいとはいえ、立派な社会そのものである。

 

例えば僕と君・・・これだけでも立派な社会や世界と言ってもいい。

 

僕には親や兄弟のような家族がいるけど、君と逢って一緒の時間を過ごすときは、そこは二人だけの世界である。

 

君にとってもそれは同じ。

 

恋人同士、夫婦、肉親、友達同士、知人の集まり。

 

ママ友の集まり┓(´д°)г

ヤンキーの集まり┐(‘~`;)┌

ギャング集団(;^ω^)

市民団体<( ̄^ ̄)>

 

などなど。。

 

例を挙げるとキリがないが、そこに人が集まって共通の物事に対して、自分のリソースを使うのならば、そこには確実に社会や世界が構築されていく。

 

人の輪とよく言ったものだが、これは所謂、『世界』といってもいい。

 

これが前提である。

 

更に付け加えるならば、自分が幸福感や成長意欲を満たすためには、他人の協力が必要不可欠であるといえる。

 

孤独で自由を重んじて、一日24時間、一年365日の時を好きに生きている私であっても、しっかりとそれは分かりきっている。

 

自分の世界にばかり閉じこもっていると、成長は止まってしまい、自分の周りにあるリソースは干上がってしまうものだ。

 

しかし、自分がそれまでいた世界の殆どが、前述したように不平不満・愚痴・泣き言と、誰もどうしようもないエゴが満ち満ちてしまった。

 

その中で、自分のリソースをそれを何とかする為に使ったとしても、血を流す一方で不幸になっていくことは明白だった。

 

私にとってみれば、不平不満・愚痴・泣き言が跋扈して、他人と自分を比べて嫉妬・憤りなどに意識が向いてしまっている人間たちの中にいたくはないし、付き合いたくもない。

 

しかし、時は流れていくのは止められないために、自分が楽しいと思うことをする必要があった。

 

前置きが長くなったが、そんな時に見つけたのが、ある『世界』である。


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その世界は見つけることも困難

そこはある共通の世界のあらゆるコンテンツを楽しみながら、各々がコミュニティを作ることが出来る。

 

そのコミュニティ同士が時に集まっては、一つの物事を楽しんだりする所謂、仲良しサークルみたいなものをインターネット上でやるというものだ。

 

基本的な物事はチャットだったり、ある種の確率論の検証だったり、特定のコンテンツに関しての攻略という具合か。

 

まあ、ゲームの様なものであると言ってもいいだろう。

 

私からすれば例えばLINEのグループで色々やりとりするのも、社会であるしゲームの様なものであると言ってもいい。

 

芸能人のファンクラブであったり、スポーツ団体のファンサークルなども、同じようなものだ。

 

私が見つけた世界は芸能人の名前を借りて運営されているわけでもなく、投資やビジネスなどが核になっているものでもない。

 

その世界に出入りする人間は、リアルでは私と同じように自由人が多かった。

 

会社経営している者、投資家、トレーダーなど。

 

もちろん、普通のお勤め人もいれば、社会の所謂、底辺でもがく生活保護をうけないと生きていけない人間もいた。

 

そもそもリアルの職業などは関係なく、その世界にあるコンテンツを一緒に楽しめるのか?ということが、その世界で生きていくたった一つの条件であった。

 

ちなみにこの世界は全くお金がかからなかった。

 

そもそもがある一般人が2009年に構築したインターネット上のサーバーであり、そのマスターも金は絶対に受け取らないし、頼まれてもサービスは金で交換はしない。と断言している。

 

運営して10年以上経つが、一回もユーザーとの癒着などが囁かれたことはなく、どんなユーザーとであっても分け隔てなく接しているようだった。

 

だから、10年も運営していけているわけだとは思うのだが。

 

その世界においては、この人物こそが『神』であるのだが、それはおいておいて・・・。

 

普通の一般人が自分のプライベートサーバーを立ち上げて運営しているということに加えて、ネット上に広告を出しているわけでも無い。

 

よって、このサーバーを見つけることは非常に困難であるが、現在(2019年5月時点)も尚、存続している。

 

今話題のダークウェブ上にあるというわけでもないが、公に広報活動が出来ないという背景もあったりする。

 

しかし、それは別の話。

 

長くなったんで・・・

2018年にその地に足を踏み入れた私は、その中の世界観に非常に興味を持って、仕組みを理解することに心掛けた。

 

基本的に出入りは自由だし、各々が好き勝手にサーバー内のコンテンツを楽しんだり、気の合う人間とのチャットを楽しんでいる空間。

 

共通コンテンツはあるものの、それをやるのもやらないのも本人の自由。

 

私はしかし、何事も蓄積がある物事が好きだったりするので、そのサーバー内にある一つのコンテンツに多くの時間と気力を突っ込んだ。

 

それは地味で単調ではあるものの、多くのサーバーコンテンツを楽しむためには避けられないことであった。

 

と、何となく気分が向いたので思い出話を書いたわけだけど、非常に長くなったんで続きは後日改めて( ̄▽ ̄;)

 

To be Continued…