大事なことは自分のマイナスを減らすこと

『豊かになりたい』という願望は、おそらく99%の世界中の人間が持っている気持ち。

豊かになる為には、それ相応の自分の『時間』や『自分』というものを使っていかないといけない。

 

安易に『方法』と銘打った情報がネット上に流布しているわけだが、その多くというのが実際に再現不可能なものであったりすることもある。

 

今回もまた分かりやすく『お金』を例にとって、私も大事にしている考え方を記してみたい。

 

改めて言うが『お金』に対する情報発信に対して、抵抗のある方がいるのならば、ここから先は読むことを控えて欲しい。

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大前提として人が生み出すものはマイナス

結論はタイトルにもある通り、自分自身が生み出すマイナスをどれだけ減らせるかにかかっている。

我々はただ生きているだけ”で、実際は多くのモノを減らして生きている。

生きるということは、実はマイナスを生み続けているわけですよ。

 

・お腹が空いたらご飯を食べる。

・ご飯を作ったり、買ったりするのも、お金がいる。

・お金を作るためには働くか、他人に価値を提供する。

・働く&価値提供は『時間』や『心』、『能力』を使わないといけない。

・時間も心から派生する能力も有限ではない。つまりマイナスを生み出している。

 

考えてみれば、至極、当たり前のことである。

 

生活そのものもこれに当てはまる。

一見、豊富に無尽蔵にあると思われる『水』もタダではない。

 

しっかりと水道局と契約しているからこそ、殺菌されている人間の身体に必要不可欠な『水』が蛇口ひねれば出てくる状態になっている。

それもこれも普通は2か月に1度、水道料金というものを支払って得ているわけだ。

 

要するにタダなものはないということを、しっかりと把握しながら、自分の生活の中でマイナスを見つめ直す必要が最初にあるわけだ。

 

お金となると、多くの人間が『稼ぐ』ことに比重をおいているわけだが、実はここが問題ではないのだ。

最初にやらなければならないことというのは、必ず付きまとうマイナス部分をいかに自分の人生から減らしていくかなのだ。

 

数学的にいうとマイナスマイナスを足すとプラスになるというロジックが成り立つ。

成功例と失敗例(長くなります)

ならばケチになればいいのか?

だとすれば、ストイックに生きなければならないのか?

 

と、思う方もいらっしゃると思うが、そうではない。

私の経験や実際にリアルでお会いして対話して、生活を変えた人、不幸になった人を紐解いてみます。

マイナスをマイナスにすることに執着したが為に・・・

私の古き身内にこんな人がいた。

 

この人は多分、世間一般的な常識内において、働くのが嫌な人間であった為に、生活を切り詰めていた。

自分には神様がいるから、神様と供に歩めればいい。

と、いうイデオロギーの持ち主であった。

 

家は綺麗にしており、割とセンスも良い方だったと思う。

だが、この人はそういった自分の世界を維持する為に、ちょっとドン引きするような生活習慣があった。

 

数円(1円単位)単位の損失が嫌であり、何かの理由でそれが起きた際には他人を罵倒したり、間接的に周りに補填を求める。

お風呂の水は何度も使いまわしており、この人の浴室の浴槽はとにかく汚れていて、その汚れは染みついていた。

何かのプレゼントをもらうと、お裾分けをするわけだが、自分がいらないものを速攻、選別して他の身内に配るという姑息さ。

自分流を貫くと豪語している割には、自分を構ってほしく賛美されたいというカマチョぶり。

 

他にも挙げればキリがないのだが、マイナスを生み出すことを恐れる余り、結果的により多くのマイナスを作り出したという人である。

結果的にこの人は私も含めて親族の大半を失う羽目になる。(と、いうか自分からカマシて抜けていった)

 

昔は自身が過去に否定していたナマポになってしまい、今はどうなっているか知らない。

その人は一見、だらしなくおっとりしているのだが・・・

その人はとにかくおっとりとしている。

 

だけど、大事なものは『カネ』と豪語しており、趣味は『貯金』としていた人である。

しかし、基本的にシャイな人だったので、能動的に自分をアピールしないそんな人。

仕事はしているが手取りにして12、3万の所謂、『稼げていない人』に属する。(あくまで日本の平均から見てね)

 

とにかく面倒くさいことが嫌いであり、私生活の大半がソファにゴロンしてテレビ見たり、スマホを手に入れてからは無料ゲームをしてお茶を濁す生活。

タバコも吸う人で、禁煙は命の危険が無い限りはしないと言ってはばからない人。

 

カネが大事と言っておきながら、面倒くさがり屋なので、家計簿は愚かお小遣い帳も全くつけていない人。

 

うーん・・・カネ大事なら、そんなことしているの無駄じゃない?

と、若き頃の私は思っていた。

 

しかし、この人は一括で新車を買ったりする人であり、ピンポイントで人が喜ぶことを提供できる人であったりする。

自分のことにしても、安いモノをうまく掛け合わせたり、作ったりして自分を可愛く見せたりすることも得意。

要するにセンスがいいのだ。

 

借金が大嫌いであり、悪とさえ思っている人。

流れのままに生きているのだが、絶対に自分が不利になるような立場に身をおかないことを徹底している。

そして絶対に焦らない冷静沈着な心の持ち主。

 

中道を生きているある種、悟りを開いてしまっているような雰囲気さえあったりする人。

正にエネミーゼロという生き方をしている人である。

多くの失敗を繰り返してきたから

若い時は落差の激しい人生を送ってきたが故に、多くの失敗をしてきた人。

いい歳になるまで、何故、失敗して自分が結局、傷ついて負担ばかり背負う羽目になるのかに気づけなかった人。

 

精神を病んだこともあった人であるが、元々、度胸ある人で開き直りが出来る人だったので、ある時から運命は変わり始める。

 

実際に何かをするにも資金と自由意志が必要であり、それを他人に頼ってはマウントを取られ続けるとアドバイスをしたこともある。

 

運命が変わってからのその人の目的というのは、自分の世界を創ることであった。

でも、その時にはお金が無く、人に影響されやすい為に無駄が多いと自分で分かっていながらも流されてしまっていた人。

 

一計を案じたその人がとった行動というのは、『自動積立』と『縁切り』であった。

 

職場の同僚とかと飲み会などをしていた時期に、それは散財になると分かっていながらも流されていたのが実はストレスだった。

決断をして職場を辞めてから、LINEに登録してあった人間の多くを削除し、電話番号も変えた。

 

この人も大して所得は多くないが、自分で自分を縛るという強制的なサービスを利用することによって、バカにならない額の貯蓄を継続中のようだ。

 

貯まっていく口座残高を見ると、楽しくなるようで、更に過度なストレスを生み出さない程度に、切り詰めるところは切り詰めれるようになったという。

心が変わり、いらない人間関係も切って、金も貯まっていくことによって、選択肢が増えている状態だ。

私の場合の2つの例

失敗例と2つの成功例を挙げてみたが、最後、私の例を出してみよう。

敢えて失敗例を強調してみたいと思う。 私の良い成功例を出しても何となくフェアではないと思うからだ。

 

けーごの失敗例は、せっかくマイナスを減らす努力をしたのにも関わらずに、成功後、何もしないようにしたことである。

 

例えばお金について。

 

私は割と短期間で一気に資産を増やした時期がある。

今も昔も変わっていない考え方の1つに、お金は必要でありお金を要らないとする者だったり、否定的にみる者は嘘つきだという主観。

 

だが、もっと大切にしているものは『自由』とか『時間』であったりする。

なので、ある時期、資産を増やした際、安心したり過度に未来に期待してしまったわけだ。

 

黙って待っていればいいわけだから、余計なことをしないで、大人しく生きて行こう。

 

基本的に寝ること』『ゲームすること』『考えることが好きな私であり、こうしている時間は贅沢な時間の使い方と思っている。

よって、全くストレスにならないわけですよ。

 

この時期が魔道ブログやプロフィールにもある『世捨て人』の頃の私である。

自分で自分のことを産業廃棄物』『ウンコ製造機と思っていたわけであるが、消費を切り詰めた状態で本能の赴くままに生きていた。

 

しかし、私はここで地球上の法則の1つに背いていることを忘れていた。

不必要に貯めたモノは時間の経過と供に腐っていく

と、いうことである。

 

結果的に自分が以前に育てた金のガチョウも形骸化させてしまい、産廃ライフの時の私は世の中に何かを示すという気持ちもやる気もゼロになっていた。

【たった1人の魔道】のコンセプトにも反した生活を送ってしまったというわけだ。

 

全てを失ったわけではないが、過ぎ去った時間は取り戻せない。

産廃ライフを送っていた膨大な時間に出来ることは沢山あったが、後悔先に立たずである。

そもそも後悔という気持ちも湧き出てこなかった時点で、どれだけ虚無感が到来していたかだ・・・。

 

しかし、こうした経験が出来たことも、実は私の長い人生にとってはプラスであると思っている。

それはあたかも自分を実験台にしたといってもよく、

 

これをすれば、確実にけーごは失敗して、多くのものを失う

 

という、自分の辞書、或いは兵法書に記せる原則を肌で分かったからだ。

 

この失敗は必ず成功例を作り出せるものになると、確信していたりするのです。

 

例を紐解いてみて・・・

悪い例として取り上げた私の古き身内の話は、結果的に言えば神に仕える身(自称ね)でありながら、不必要に強欲に走る心になってしまったこと。

二例目のおっとりした人というのは、面倒だからこそ無意識に自分のルールを落とし込んで、自らが自動的に動くように出来ている稀有な人ということ。

三例目の人は、自分自身の弱点を知っているからこそ、負担にならない程度に強制イベントを作り上げて結果的に良くなる未来を創っている人ということ。

四例目の私(笑)の場合は自分を知っているようで知らなかったというお粗末な例であるといえる。

 

例えばこんな人もいた。

高給取りであるけど内情は火の車って人もいたし、やたらと年商をひけらかしていたわりには夜逃げした人もいたし。

豊洲族やハッタリ? 売上至上主義、見かけ大事のマインドの人は結果的にはハムスターライフになってしまうということ。

本人良ければ、それでいいんだけどね。

 

何にせよお金を例にとってみても、稼ぐよりも使うことの方が難しいわけである。

使わないという選択肢も、時間の流れと供に腐っていくということもあるので、結果的には何らかの形で外に還元しないといけないということである。

その先には何が待っているのか?

かなり具体例は長くなってしまったわけですが、とにかく大事なのは過去ではなく未来である。

 

結局のところ、お金というものはナマモノな道具でしかないということであり、使わなければ腐っていくものである。

何故ならば、そこには人間だけの道具である以上、人間の念がこもっているからだと私は思っている。

 

しかし、だからといって意味もなく、不必要なものだったり、明らかに損失を被るような使い方でマイナスにしてしまえば、自分の選択肢が無くなっていき未来は辛いものになるということだ。

 

人は自由であるし、自由に生きていいと思っている。

その人の持ち物だから、その人がどう使ってもいいわけだと思ってます。

 

だけど、自分自身がどんな価値観を持っていて、どんなことが出来るのか?

自分の為になることとは一体、何なのか?を、自分自身で客観的に、自分という生き物を直視できるようにならないと行動に繋げることも望みも叶わないということである。

 

お金が欲しい、お金持ちになりたいのならば、まずは稼ぐよりも使い方なのですよ。

そして、この考え方というのは、他の自分自身のリソースの使い方にも応用できるわけです。

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