輪廻転生とは誰の為にあるのか? 元は洗脳システムであるが現在は?

輪廻転生という思想があります。

従来の輪廻転生というのは元はバラモン教から生まれ多くの宗教に伝わった思想です。

私はこの輪廻転生という言葉は嫌いであって、好きである。

そもそもこの思想は洗脳システムであると思うから嫌いなわけですが、解釈を変えてみると好きになれたりします。

今回はそんなお話。

 

元は支配者の為、現在は自分の為

結論からいって昔の輪廻転生は、支配者にとって都合が良かった思想。

現在は生まれ変わって人生をやり直したいと願う人の為にある思想。

 

改めて『輪廻転生』の意味を簡単に解説してみます。

命あるものが死を迎えても、その魂が何度も別の生物として生まれ変わること。

つまり魂のレベルにおいては、生物は死ぬわけではなく未来永劫、別の何かに生まれ変わり続けるという意味です。

 

何故、この思想が私が嫌いなのか? そして解釈を変えると好きになるのかを記していきます。

 

輪廻転生という言葉の裏側

元々、古代は宗教が力を持っていました。

現在よりも科学が進んでおらずに、人々は効率的に生きる術をもたなかった。

だからこそ飢餓に苦しめられて、その貧困を回避する為に争ったわけです。

非力な人々が何に救いを求めたのかといえば、神を信奉する宗教だったわけです。

 

特にインドは宗教のメッカといってもいい土地であるわけですが、古代からカースト制度というものがありました。

輪廻転生というのはバラモン教から始まり、ヒンドゥー教に受け継がれた思想。

 

カースト制度は身分制度であり、生まれた時の身分で一生を終えなければならないということ。

どれだけ貧困にあえいで生きていてマゾいものであっても受け容れなければならない。

 

これは根強く浸透しており、最下級の身分の人間を外部の人間が助けようとしても拒否されてしまうという。

何故ならば生まれ変わった時には、身分が上になるからという理屈からだ。

 

この裏は要するに支配階級にいる者が、下の人間があらゆる手段を使って昇ってこれないようにする為であったと断言できる。

昇ってこられたら自分がその身分に居座ることが出来なくなるからだ。

 

つまり宗教上の概念を使って、下の人間が成り上がったりする努力を持たせないようにする為の洗脳システムであると思える。

だから、私は嫌いな思想であったりするのですが・・・。

 

現代の輪廻転生は自分のために

自分自身の過去や現状が悲惨そのものであったり、居心地の悪さを感じていた場合。

何としてでもそこから抜け出さなければならないわけです。

 

その為には自分自身の心を変えなければいけないわけです。

 

前述した私の嫌いな輪廻転生においては、そんな心を変えようとする気持ちそのものを持たせないように、死んだ後はパラダイスという様な素っ頓狂な夢を見させているわけです。

否・・・そうではありません。

 

人は生きている今、この瞬間、この刹那から自分の心に問いかけて渇望すれば、生まれ変わることが出来る。

過去を振り返って、自分を見つめ直して、未来に目を向けて行動パターンを変えたり、様々なものを捨てて新しいものを取り入れる。

こうしたことをすることによって、以前の自分とは違う自分になれるのは間違いない。

 

よって、私の中での輪廻転生というのは、生きている人間の為にある言葉と解釈しています。

 

死んだつもりになって頑張れ!という誰が残したか不明な格言がありますが、正にそれをやることによって確実に未来は変わります。

 

現代の輪廻転生を発動させるために

もちろん、現在の状況というものが、幸せを感じれる日常に溢れているならば、何も生まれ変わる必要などはない。

社会の進化と時代の移り変わりに順応していれば、その幸せをただ感じていればいいだけです。

 

しかし、現在がもしも辛いことばかりで虚しかったり、針のむしろに座っているくらいに悲惨ならば迷うことは無い。

 

どうやったらその状況を抜け出せるのか?

何故、そんな状況になったのか?

ならば、明日、明後日、一か月後、一年後に自分が出来ることは何か?と考える。

そして、出来ることをやっていく。

前述したようにそれこそ一度、死んだつもりでという決意を持てれば、輪廻転生を発動させることが出来る。

 

そうすれば自分の未来は、過去の延長線上にはなくなり、負のスパイラルから抜け出すことが可能。

 

真の輪廻転生とは、現状を塗り替えて未来に向けて目を向ける者達のみが気づいて使えるものであると断言します。

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