リスクとリターンに沿った現実を生きていく1つの方法論のお話

リスク&リターンということをテーマに少々、簡単に自論を書いていくことにします。

特に『リスク&リターン』というと投資や投機の分野において使われることが非常に多いと思っていますが、今回はその分野のお話ではない。

あくまで我々の環境にある、ほぼ全ての事象に当てはまる本質的なことである。

既に理屈を知っていて実践している方たちは読む必要がない記事になる。

だが、知らない方々、そしてしっかりと実践できる方には、是非、自分自身が結果を出したい分野で応用して望みをかなえて欲しいと願っている。

リスクとリターンの前置き

リスクというのは、危険と感じている人が非常に多いようである。

私も昔はリスク=危険と認識していたのだけど、実際は違う意味であるというのを理解したのは、今から6年前。

リスクというのは危険ではなく不確実性という意味で捉えたほうがいい。

つまり不確実性というものは

この先、どうなるか分からない度合い

と、理解するといい。

 

自分がとれるリスクをとった場合、それに応じてリターンが受け取れるというのは例外がない。

要するにリスクとリターンは釣り合うということである。

そしてこれは我々、人類を支配しているあらゆる法則の一つであることも付け加えておく。

 

我々が持ち合わせるリスクというのは何か?

 

リスクをどんどんとっていきましょう。

 

と、いう文言はごく一部の人間はよく口にすることだが、それは紛れもなく正論である。

これは即ち行動であり、それでしか私たちの周囲の環境や状況というのは変わらない。

ただひたすら心の中で何かを念じているだけでは、基本的に例外を除いては何も変わることはない。

外に発して示すことによってしか、自分も周囲も変わることはない。

 

リスクをとる

この言葉は何を指しているのかといえば、単純な答えとしては我々がとれるリスクというのは二つしかない。

 

お金時間

 

の二つである。

リスクをとっていると勘違いしている主観

先ほど、リスクを危険と理解するより、不確実性として捉えるべきであるとした。

何故ならば、リスクをとっているのにリターンを全く得れていないという感じる人間が多いから。

そもそもそれはリスクをとっているのではなく、危険なところに自ら赴いだだけのこと。

それは単純に刺激が欲しいとか、危険が大好きという嗜好の問題である。

私の持論の中で、自ら不幸になる人間というのは、決してリスクをとりにいっている勇者ではないということである。

 

・・・まあ、自ら危険に飛び込んで不幸になって、自分だけではなく周囲も不幸にした経験がある人。

こういう人はその後の人生では二度と同じような事はせずに、自分を変えていき、周囲から愛される様に努力を積み重ねていける人材になった。

こういう結果であるのならば、リスク&リターンが当てはまるともいえるのだけどね。

 

何にせよ定義上、リスクとは『お金』か『時間』をどれだけかけるのか?

それによってリターンは違ってくるというものである。

 

リスクをとらずにリターンはありえない

自分がどれだけの『時間』をかけれるのか?

自分にはどれだけの『お金』があるのか?

それによるリターンは何なのか?

 

自分自身でこれをよく考えて、踏み出すことが望ましいと言える。

 

多くの人たちはリスクを『危険』と認知している為に、リスクをとらないでリターンを得たいという行動に走る。

ところがこれは我々を支配するとある法則に逆らった行動であるので、リターンを得れないわけです。

 

『不確実性』であるということを理解した上で、リスクをとりにいく。

そうすると時間と供に継続していくことが出来れば、リターンはそれに見合った形で得れる状態になるというわけです。

 

じゃあ、時間がないからお金だけの力でリターンをとりにいく

逆にお金ないから時間だけでリターンをとりにいく

どちらかの進み方で自分の望む結果が出せるのか?といえば、そんなことはなかったりもする。

ここが非常に難しいところである。

結論としては実際にはとれるリスクである『お金』と『時間』どちらも必要であるということに他ならない。

あくまでどちらに比重を偏らせるかは、特定の物事を成し遂げたい人間の裁量に委ねられることである。

 

何故、お金が出てくるのかという疑問を持つ人もいるだろう。

それは『お金』というものが社会の便利なツールであるというシステムが成り立っていて、変えることができないからだ。

現実的な一つの方法を吐露してみる

ある特定の物事について、二つの例を取り上げてみます。

 

Sさんという人は約8年前の2012年3月からやり始めた物事がある。

現在、このSさんという人は、約3万5000人の人間に自分をリーチすることが出来る見込みがある人材となっている。

 

Hさんという人は約6年余前の2014年9月から、Sさんと同じことをやりはじめた。

現在、このHさんという人は約1000人の人間に自分をリーチすることが出来る見込みがある人材にしかなっていない。

 

どちらが凄いとか、どちらが劣っているというわけではない。

単純にSさんとHさんのリスクの取り方が違っていただけであるので、リターンが違うことは言うまでもない。

 

ただし、ここで一つ、絶対に理解してほしいことは、『お金』が無いからといって、『時間』だけをかければよいということではないということだ。

 

実はHさんが6年余りかけて到達した結果というのは、その物事においては僅か数か月で数万円のお金を支払うことによって達成できることだった。

 

だからといって、『お金』だけバカバカかけてリスクをとりにいけばいいということではない。

あくまで私が言いたいことは、自分自身がそのリスク、本当にとれなかったの?ということであり、とれるリスクを判断して取りに行った方が先々は望ましい結果に繋がるということ。

 

もしも、Hさんが仮に3年前に特定の物事の基準点を達成する為に、数万円を支払ってリスクをとったとする。

そこから3年の時間が経過した現在は間違いなく違うものになっているはずである。

 

当然、その前に辞めたらリスク&リターンも無いわけで、ゼロになるわけなんですが・・・。

 

少々、長くなってしまったが、まとめるとこういうことになる。

自分自身がなにか結果を出したい分野や物事は、ほぼ例外なく壁が確実にある。

その壁を超えて高みにいくためには、絶対にリスクをとる必要がある。

リスクをとれなければ、辞めるということになるわけで、辞めてしまえば、そこまでとったリスクが無駄になりゼロになる。

しかし、現在は多種多様なサービスがある。

自分の命を数値化した時間というものを短縮できるのであれば、積極的に『お金』を使っていく方が後々に良い結果に繋がるということが多い。

そして、『お金』というのは、そういう風に使うツールであり、自分の兵隊であると思った方が良い。

 

短絡的な考え方の人は、時間よりもお金を重視して、それを失いたくないという気持ちになる。

自分がとれるリスク=『時間』と『お金』を大事にした上で、それを腐らせるのではなく、使っていくという行動が重要。

 

最後に一つ、リスク&リターンと密接な関係がある『意識』について軽く触れておく。

 

では、リスクをとりにいきました。

それとは別に強制イベントが発動したかのように、自分が何らかの損失をこうむりました。

そんな時は悔しい気持ちにもなるし、凹みMAXな気分になって、異様に不快になって嫌になるかも知れない。

しかし、自分自身の意識が特定の物事に向いていて、行動していれば、全く関係のないところで損失をこうむったとしても、自分自身の意識を向けているところに注がれるようになっています。

 

もしも注がれないのであれば、自分自身が全てにおいて閉じた状態になっているから注がれないし、既に受け取ってしまっているからかも知れない。

 

最後はちょっと意味不明なことを書いたかもしれませんが、この不思議な理屈の答えは、また今度。

 

最後まで読んで下さってありがとうございます。

Everything is going well!! 全てはうまくいきます。

では、またのう(´Д°)ノシ

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