リジッドデジグネーターの概念と使い方なんかを書いてみるか

おそらく現在の私が色々と紐解いているものの多くは

 

そんなこと知って何の意味があるの?

ってことばかりなのかも知れない。

 

しかし、これが非常に面白いわけで、あらゆるそんなマイナーな知識の中で1つ気が向いたので書いてみる。

 

それは【リジッド・デジグネーター(Rigid designator)】と言う妙にカッコイイ響きの概念。

 

リジッドデジグネーターとは?

アメリカの論理学者である『ソール・アーロン・クリプキ』が哲学的に固有名詞を指す概念として作った言葉。

 

名づけ行為のことであり、これは誰でもやっていることなのだが、非常に強力であるわけです。

人によっては『奇跡の概念』と称したりするくらいであるのだけど、冷静に考えてみれば『・・・当たり前じゃね?』とも思えるわけで(笑)

 

何故、こんな当たり前のことが強力かつ奇跡の概念なのか?

特定の人間を示すことが出来るし、その人間が何者であるのかを瞬時に判別することが可能だからです。

 

リジットデジグネーターの凄さ

我々が絶対に持っているモノの1つに『名前』がある。

この名前というものは、当たり前に使えるものであるが、凄まじい力を秘めている。

 

そもそも男と女が愛し合って生まれた生命・・・即ち赤ちゃんはこの世に実在しているだけで、何者でもないわけだ。

しかし、愛し合った男女が赤ちゃんに名前をつける。

例えば宮本武蔵という男がいて、その妻である宮本シズエという女がいたとする。

(これ例え話でフィクションです)

武蔵とシズエが愛し合って、子供が生まれた。

その子供は男の子だったので武蔵とシズエは六郎太と名付けた。

その時にこの世に宮本六郎太という実在と存在が生まれたということ。

 

宮本六郎太は生まれたその時は何も出来ない無力な赤ん坊。

しかし、六郎太が所有するのは名前だけではない。

親は宮本武蔵と宮本シズエであり、男の子であるという情報。

 

もしも、この赤ん坊に名前がなかったとしたら、その情報を示す手段がないということに繋がる。

 

六郎太が育って、日本随一の剣士になったとしよう。

宮本六郎太という名前には、最初に持っていた情報だけではなく、六郎太と何らかの関係があった人間などがその名前に関連した情報を共有する。

 

六郎太が実は三刀流であったとか、すごく顔が良いとか、実はゲイであったとかなどなど。(フィクションです)

そして、義理人情に厚く、困った人を絶対に放っておかない人格の持ち主だったとか。

 

しかし、もしも六郎太という名前が無ければ、これらを示すものが存在しえないということになるわけですよ。

つまり名前そのものが一つのデータベースになってしまうということです。

 

だから、リジットデジグネーターが奇跡の概念と言ってもいいくらいの凄さがあるということなんですね。

 

固有名詞はリソースの1つ

人間のリソースの中には『名前』というものが含まれるのは分かったと思う。

 

例えば私の古き友でもあり、兄と慕う人物は、かつて海外で命を狙われて殺されかけたことがある。

しかし、彼を救ったのは、ある人物の名前であった。

 

彼の命を奪おうとした集団が、彼の財布を開けたときに入っていた名刺をみたからだ。

 

『魔法のカード』

 

私たちはこの話をするときには、ある人物の名刺をこう形容する。

つまり名刺に書かれていた人物の名前は、ある領域においては大物中の大物であったのだ。

 

何故、名前1つでこれだけの力があるのかと言えば、それまでにその名前の主がやってきたことが知れ渡っているからだ。

 

つまり名前に付加価値を持たせるというのも、現代を生きていくには重要な行動の1つでもあるということである。

だが、それもこれもリジットデジグネーターが最初に行われていなければ、話にもならないということ。

 

シンプルな話。

そこら辺の一般人が『今日、ラーメン食べてきた』という情報公開をしたとしても、多くは見向きもしない。

だが、これが孫正義が同じことを言ったとすれば、『孫さんもラーメン食べるんですね!💛』などの反応が多数かえってくるだろう。

 

無名と有名の違いであり、その名前によっては、全ての過程を吹っ飛ばすということに繋がるのですよ。

 

ちょっと使い方を変えたリジットデジグネーター

私はリジットデジグネーターという言葉と概念を知ったのは、今年に入ってから。

しかし、名づけ行為そのものは、かなり昔からやっている。

 

何故ならば便利だったからだ。

 

人間やペットなどの動物に名前をつけるということではなく、生命活動が無いモノに名前をつけることがある。

一例として、私は自分の作ったものに名前をつける。

 

変わったところでいえば、自作パソコンだ。

 

2001年にWindowsパソコン入門をしてから、数年後に自作に乗り出した私。

複数作って廃棄して、今使っているメインパソコンは2014年12月に自作したマシンである。

名前に深い意味はないが、『エンジェル・ダスト』と命名した。

 

私のパソコンにおいて『エンジェル・ダスト』という言葉を引っ張り出すと、以下のような結果が出てくる。

 

AsrockのM/Bを土台に、CPUはIntel Core7で初めてSSDを搭載。

更にエンジェルダストの制作費用は14万円くらいで、2014年から現在に至るまで、そのパソコンを使って数千万以上稼いだということ。

 

『エンジェル・ダスト』という言葉は私にとってはそういった意味付けも出来てしまう。

それもリジットデジグネーターの力と言えなくもない。

 

普通は『エンジェル・ダスト』といえば、フェンシクリジンという麻薬であるという情報を引き出す人が多い。

または映画の名前や楽曲の名前が出てくる人も多いと思う。

そのまま天使のゴミと直訳する人もいるだろうが、『けーご』からすれば、前述した自作パソコンに絡む情報が出てくるわけだ。

 

使いようによっては便利である。

情報の整理としてリジットデジグネーターを使うという1つの例として捉えてもらえるといい。

 

真のリジッドデジグネーターとは?

しかし、リジッドデジグネーターというのは、名づけ行為だけにとどまらない。

 

実は人間の心には、関係性をもった存在や実在には、リジッドデジグネーターを発動させる特殊能力が備わっているとされる。

例え名前を失ったとしても、特定することが出来る場合がある。

 

感覚の話にも繋がってくるが、前述した例を再び引っ張り出して、最後を締めくくろう。

 

宮本武蔵と宮本シズエの子供・六郎太が、あるトラブルによって名前も失われた。

六郎太自身も記憶を消されたと仮定する。

 

六郎太は自分のことを知っている人間が誰もいない環境で生きており、あらたにその領域で別の誰かが小四郎と名前をつけた。

名前が無いけど実在している人間をどう呼んでいいのか分からないのは不便極まりないからである。

 

その数年後に宮本武蔵と宮本シズエが六郎太を探し出すことに成功する。

しかし、六郎太自身は記憶を無くしているし、その環境にいる他人には六郎太ではなく小四郎として知られている。

 

しかし、今は小四郎であっても、小四郎は間違いなく六郎太であるわけだ。

何故ならば小四郎と言う存在は後から半ば強制的に生み出されたものであり、実際は長年、六郎太として生きてきたことを証明できる武蔵とシズエの存在と実在がいるから。

 

そして、それは親子という通常の薄い関係ではないから。

名前などは後からつけた小さい情報の一部であるという見方も出来るし、感覚を超えることは出来ないから。

武蔵とシズエは例え小四郎という表面上、違った人間であっても、自分の子供だから体感出来るわけです。

 

現在ではDNA鑑定とかもあるし、名前1つにしてみても国が第三者としてガッチリと認定するし、リジッドデジグネーターそのものは国民に課せられた義務。

それに、普通に生きていたら名前を失うなんてケースは無いと言えますけどね。

 

さてさて・・・ここまで読んで、幾つかあることに気づいた人は非常にセンスが良い。

これって実は悪用厳禁の手法にも発展できるし、面白い他の使い方も出来たりします。

 

私はあくまでリジッドデジグネーターを自分の知識の整理などに使ったりもしますが、色々、使える概念であるのでシェアしてみました。

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