アンタみたいなヤツに会えた俺は運が良かったようだ

最近、お遊戯をしながら、やたらと昔のことが思い出されてくる。

 

その中でも自分にとって悪い思い出などは、未来にとってクソの役にも立たない情報なのだが、そのうちの一つの思い出には、ある意味、感謝できるかも知れない。

 

思い出とは私と私の恋人(仮にKOUと言っておく)が体験したこと。

 

それによって私の価値観の一つが決定的になったと思うことだ。

 

これを少々、活字にして書きとどめておこう。

 

贈り物はサングラス

話はもう20年近く前になる。

 

私にとって当時は非常に近しき存在であった初老の男・りっちゃん(どうでもいいと思っているが、一応、配慮として仮名にしておくよ)

 

KOUとは交際し始めたばかりであり、私と近しき存在のりっちゃんとは、KOUも何度か顔を合わせていた。

 

寒くなりだしてきたころ、そういえば・・・と私が思い出したかのようにKOUに言った。

 

りっちゃんの誕生日が近いということであり、サプライズのつもりで誕生日プレゼントを贈ろうと二人で決めた。

 

若い俺たちカップルに対して、説教臭いところはあったけれど、りっちゃんは優しく接してくれていたしね。

 

りっちゃんは一日、何十時間と仕事で車に乗っているので・・・。

 

私『そうだ! 渋めのサングラスをプレゼントしようか?

KOU『任せるよ。 私も買うモノ決まったらお金出すよ。

 

私はりっちゃんに似合いそうなサングラスを見繕った。

 

一応、レイバンをチョイスしたけど、仕事で車に乗ってかけることも想定した上で、割と落ち着いた印象のサングラスをチョイス。

 

KOUもサングラスの代金の半分を出してくれて、りっちゃんの誕生日にサングラスをプレゼントした。

 

りっちゃんは突然の私たちのプレゼントに大層、喜んでくれたわけで、我ながらりっちゃんに似合っていた。

 

喜んでくれたりっちゃんに対して、私も凄く良いことをした気分なり満足。

 

KOUも元々、感情を表に出すことが少ないタイプの女性だが、きっと嬉しかったに違いない。

 

軽くニコッとしていたもん。

 

そのネクタイは何と・・・

ここでちょっと割り込む形で、非常に今でも鮮明に残るある芸能人の話をしてみる。

 

俳優の志垣太郎さんって知っている人もいるだろう。

 

彼が今は亡き番組【笑っていいとも】にテレフォンショッキングでゲストとして招かれた回。

 

志垣太郎さんはクリーム色のスーツをまとって、カラフルで派手な色彩豊かなネクタイを着用していた。

 

息子のタクミくんの話題になったとき、『このネクタイはタクミが作ってくれたんだよ。 タクミ!ありがとう。』とカメラに向かって満面の笑顔で話していた。

 

そのネクタイ、実は紙で出来ていた。

 

タクミくんが図工の時間に紙をちょん切って、クレヨンで塗って作ったものだった。

 

芸能人というと、基本的に私の印象では虚飾に満ちた世界で生きている住人。

 

何よりも見栄や顔で飯を食っている人物たちという先入観が強く、それには間違いはないと今でも思っている。

 

だけど、そんな芸能人で二枚目の志垣太郎さんのネクタイの話をテレビで見て、本気でこの人カッコいい人だと思ったし、今でも好きな俳優の一人。

 

顔だけじゃなくって、内面も器が大きいカッコイイ人っていいなぁ・・・って思ったもんだよ。

 

確か私が高校生位の頃にオンエアされたものだったかな? その志垣太郎さんのいいともに出た時の話は。

 

とにかく鮮烈にこの志垣太郎さんの話は焼き付いているのよね。

 

その後の私が人が作り出す付加価値のある物やサービスに対する価値観を決定づける根拠となるくらいに。


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こんな奴には死んでもなりたくない

私とKOUがりっちゃんに誕生日プレゼントをあげてから一年後くらいだったかな?

 

りっちゃんが申し訳なさそうに私に言ってきた。

 

私たちがあげたサングラスだが、使っていくうちに片側のテンプルが丁番のところから外れてしまって壊れてしまったという。

 

私は内心、『あ、また、りっちゃんにプレゼントする理由が出来たかも?』と思っていた。

 

ところが・・・

 

りっちゃん『おまえたちから貰ったものだからさ。 何とか修理しようと思って眼鏡屋にいってみてもらったんだ。

 

・・・その申し訳なさそうにしている表情は申し訳なさそうなものではなく、所謂、怪訝な顔であったことに、その後に気づく。

 

りっちゃん『眼鏡屋で言われたよ。 修理は出来ないこと無いけど、物が物だから新しく買った方が早いよって。

 

要するにりっちゃんは眼鏡屋で恥をかいてしまったよと言わんばかりの言い草で私に言ったのだ。

 

私は何も言い返すつもりもなかった。

 

当然、もう今後、りっちゃんにプレゼントをする気も無くなった。

 

確かに私たちがプレゼントしたサングラスは、そんなに高級品ではないだろう。

(つっても一応、レイバンだし、30kくらいしたんだけど^^;)

それに私は眼鏡屋の魂胆がすぐに分かった。

 

そういう風に尋ねてきた者に(この場合はりっちゃん)ある種のプレッシャーを与えて、自分の店の商品を買わせるつもりということも。

 

まあ、常套手段だよね・・・現在ではそんな応対する店も少なくなったんだろうけど・・・。

 

そして、それすらも見抜けなかったりっちゃんに対して私が感じたものは

 

幻滅

 

だった。

 

そして、この時に思い出されたのが、前述した志垣太郎さんの話で、その内容が頭の中で錯綜していた。

 

りっちゃんは何とか自分はサングラスを修理したいというような能書きを垂れていたようだが、私の耳に入ってこなかった。

 

何故ならば、事あるごとに『安物だから・・・』、『眼鏡屋がそういっていた。』というような言葉が混じっていたからだ。

 

私はそんな語りを適当にあしらうことにした。

 

幻滅はしたけど、りっちゃんは近しき存在であったために、私の気持ちをなるべく悟られない様に付き合っていたつもり。

 

だけど、KOUには二度と会わせるつもりはなかった。

 

当然、KOUもこのことは今も知らないし、話もしていない。

 

それから私はりっちゃんの誕生日には言葉掛けはするものの、プレゼントを贈ることは全く無くなった。

 

ちなみにりっちゃんがどういう人間でどういう価値観なのかというのが、何となく分かるエピソードもついでに書いておく。

 

 

無知は幸せなこと? 愚かなこと?

サングラスの一件からだいぶ経ったある時。

 

もう私が30歳を過ぎたころ。

 

それまで私は通勤時の足としてビッグスクーターに乗っていたのだが、故障したのを切欠に別のバイクを購入することに。

 

通勤にしか使わないし、昔みたいなバイク熱は無かった。

 

その為、すごくコストパフォーマンスが良いバイクって何だろうと思ってチョイスしたのがHONDAのスーパーカブ90だった。

 

ある意味、このバイクは世界最強だと思って、私はそれを購入した。

 

私が本当に見栄えもスペックも拘るものは、別のところにあったので、バイクや車というのはあくまで時間を短縮して生活を楽にしてくれるツールというものとしていた。

 

だから、それが格好悪いと微塵と思わなかったのだ。

 

スーパーカブ90を自分の馬として生活する様になった私はりっちゃんと会った。

 

すると、りっちゃんは

 

りっちゃん『ああ・・・おまえもこんなバイクに乗る様になったのか・・・もっとハーレーとか前にお前が乗っていたバルカンとかが似合うのに・・・。

 

ああ、確かにKOUと付き合った頃にドデカいKAWASAKIのバルカンドリフターに乗ってたよ。

 

ハッキリ言って、どこいっても注目されたし、KOUもそのケツに乗るのをすごく楽しんでくれた。

 

駅前で知らないタクシーの運ちゃんが目を輝かせて話しかけてくれたし、信号待ちの時に若いアンちゃんたちは決まって、私と私のバイクをガン見していた。

 

向こうから『後ろにのってみたいなぁ~♡』って言ってくる女の子も結構、いたよ。

 

でも、それって何年前の話だよ?!って内心、思った。

 

ちなみに私はバイク乗りだった頃から、ハーレーはどちらかというと嫌いなバイクでした。。
(愛好家の人はゴメンナサイ・・・ある考えの元で。。。)

私(心の声)『結局、りっちゃん・・・アンタは人からどう思われるのか? カッコつけるツールとしてしか、物を見れないんだね・・・。

 

ここでもやはり幻滅というイヤ~~~な感情が湧き上がってきた。

 

後日談として、ある時、りっちゃんが私にこんなことを言ってきた。

 

りっちゃん『〇〇(りっちゃんの勤め先の人)におまえがカブ乗っていること話したらさ・・・「けーご、賢いよ・・・日本という土地で実用性を追求すれば、バイク好きはそこにいきつくし、それと別にハーレーとか乗るんだよな。」って言ってたよ。

 

私『だから言ったでしょ? ある意味、世界最強だって。

 

全く他人で話したことすらあんまり無い〇〇さんの方が、俺のことよう分かっているじゃん・・・って呆れたものだ。┐(‘~`;)┌

 

もっと色々とあるんだけど、この位にしておく。

 

それから数年後、私は何があってもりっちゃんとは会わないし、何かをやり取りすることもないと決めて、離別した。

 

だけど、今は感謝している部分もある。

 

それは、りっちゃんの様な人間が身近にいたからこそ、〇ソな人格というのがどういう人間のことを指すのかが分かったこと。

 

そして、絶対に自分はそうならないようにと心掛けて、些細な事でも感謝の気持ちで見るという気持ちを分かっているだけではなく、出来るようになったことだ。

 

まあ、時間が経った今はまた会いたいか?と問われたら、絶対に会いたくないけどね。

 

おわりに

思い出話をザザーっと言葉にしてみました。

 

敢えて言いたい事の答えは書かないつもり。

 

何故ならば、見る人、読む人の価値観や解釈によって、答えというものは変わっていくからね。

 

この記事に関しては、だからいつも以上にカッチリと答えを明言するということはしない。

 

だけど、全てを理解しようとしなくてもいいから、考えて欲しいものだと思う。

 

特に偏った見方しか出来ていない者には尚更・・・。

 

確かに内戦が続いて、貧困にあえぐ土地の人には、この心の声は分からないかも知れない。

 

人の気持ちや心が分からない人間に、例えば千羽鶴をおってあげて、平和になろうよという押し付けがましい行為に対して、寒気を及ぼして糾弾する人間も少なからずいたりする。

 

私もその気持ちは分からないことはない。

 

アタシはユニクロの服は絶対に着れない。

軽自動車なんか乗って疲れない?

エコーなんか吸っていて恥ずかしくないの?

無課金で遊んでいて、ホント、乞食だな・・・

学生の時にくってたラーメン、今食うとメチャクチャ、マズいわ。

 

とか、人によって少なからずこういうことを平然と調子こいて言うヤツいるよね。

 

だけど、それって自分から『俺(アタシ)って嫌な奴だよ?』って言っている様なもんだと私は思っちゃうし、『実は昔、貧乏でした!』って言っているような気がする。

 

それに加えて物質の有難みが分かっていないと宣言しちゃっている気がしてならない。

 

まあ、ここは日本で平和なインフラが整備されている土壌だしね。

 

衣食住が整っていて、餓死者も年間に数十人しか出ていないという豊かすぎる土地だ。

 

だからこそ、何かと比較対象で見て、自分の価値観が書き換えられていることに気づかない者も多数いる。

 

まあ、もういいだろう・・・100人いれば100通りの価値観と善悪があるしね。

 

・・・・・・・

 

え?

 

りっちゃんって結局、誰なの?って??

 

りっちゃんは俺の・・・

 

 

 

 

 

まあ、いい。

 

もう私の世界にいる人間ではないからね。

 

何をしているのかも、もうどうでもいいし、知りたくもないんだよね。

 

世代は違うし、年齢だけで見れば私の人生の先輩なんだけど、ありえない人間の代表の一人として私の記憶の片隅に刻まれている稀有な御仁です。

 

風の噂ではね、どうやら生活保護を受けているそうだが、可哀想とかザマあみろとも思わない。

 

ただたまにこうやって記憶から引っ張り出してきて、そんな人もいたなぁ・・・って位の人ってことです。

 

最後まで読んでくださって

ありがとうございます。

感謝しております。

Everything is going well!!

全てはうまく行きます。

それでは、またね^^