たった一人では何も出来ないというのは弱さの証明

昔からよく聞くことであり、言われたりもしたこともあったタイトルの文言。

今、こうしたことを聞いてしまうと、鼻で笑ったりも出来るのですが、少々、これについて掘り下げてみます。

特に今後はそんな考え方に再び抗うことも必要になってくることを実感していますので・・・。

 

たった一人は確かに弱い

人はたった一人では生きていけない。

 

確かにこれは一理ありますね。

人間は他の動物に比べては、非力なところは多い。

他の動物よりも優れているところは、『自由意志』であって宿命を越えて運命を変えることが出来るところだけかな?と思っています。

だからこそ生態系の頂点に君臨しているわけですが、そんな人と人は何はともあれ繋がっていなければいけないという論理が常識です。

 

しかし、それはあくまで30年前までの話・・・。

 

はてさて、これはどういうことなのか?

 

人の本質とはすなわち・・・

人間が他の動物に比べて優れているところは『自由意志』と前述しました。

 

この自由意志とは何によって形成されているのかと言えば

情報

です。

 

結論から言えば人間というものは

情報処理システム

であり、外部から様々な情報を受け取って、内部で周囲・状況に応じて、新たに自分から放出した情報を投げかけて、価値を生み出していくというもの。

 

大なり小なり外からの影響を受けながら、自分自身も外に影響を与えていく存在。

それ以上でもないし、それ以下でもないということです。

 

人が情報処理システムたる所以はどこで作られているのかと言えば、即ち『脳』であります。

私の場合は『心=脳』であると思っているのですが、それらは五感全てで受信した様々な情報によって形成されているわけです。

要するに情報とは心にとっての栄養素であると言っても過言ではないのです。

 

現在は空間が無になっている

30年前は心に栄養を与える為には、直接、何らかの形で他人と接する必要があった。

直接、他人と接することがなくても、他人がある意図をもって作っている新聞・テレビ・ラジオなどから栄養を得る必要があった。

しかし、世紀末から新世紀になる頃に、インターネットが爆発的に普及したことによって、事実上、人間が生きる為に必要な栄養の一つである『情報』を得るのが圧倒的に簡略化される。

徐々に直接的に他人に依存しなければならなかったあらゆる事柄が、依存する必要が無くなったのですよ。

 

もちろん、インターネットインフラを使いこなせなければ、この恩恵を享受することは出来ない。

 

享受出来なければ、言ってしまえば『情弱』とか『見捨てられた者』になるわけであり、結局のところは時代に取り残されていっている人々になるわけだ。

私の中では疑問ですが、まだまだこういう人たちが多いようですよ。

なので、昔の常識と物差しでしか物事を見れずに、こういう人が意外にも傲慢ちきになっていたりするのをチラホラ聞きます。

 

たった一人を強みに変える

たった一人では何もできないという昔の常識と価値観。

しかし、それは既に過去のことであることを自覚している私。

 

たった一人で出来ることは少ないのではなく、多いのは直近、5年間で痛いほどよく分かっている。

何故ならば前述した空間が無になっているインターネットの世界になっている以上は、自分自身もそれを操ることが出来れば様々な価値を情報として提供出来るからです。

 

もちろん現在でも直接、他人と同じ環境にいて仕事をしたり他の物事を共有しあうという行為そのものから得れるものは沢山ある。

しかし、それは時と場合によっては、自分自身にとって悪影響を及ぼす。

 

私にとっては悪影響が多いと感じるわけですが、それ以上に良いこともあるが、具体的には今回は書くのを控える。

 

ただ、たった一人で出来ることは多いという考え方を体感覚で落とし込み、実感しているのであれば、ほぼ怖いモノは無いと言えます。

 

寂しい・・・ぼっち・・・誰か・・・

 

それを恥じることも、辛いと思うことはないのですよ。

 

むしろそれを喜んで受け容れて、肯定することが出来れば、間違いなく最強になります。

 

ハッキリ言って、現在は直接依存は簡略化して、間接依存だけで生きていける世界なのですからね。

 

関連記事 → 依存したほうがいいがしないほうがいい

 

最後まで読んで下さってありがとうございます。

Everything is going well !! 全てはうまくいきます。

では、またのう(´Д°)ノシ

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