久しぶりにこの間、親友と呼べる男と会って対話をしました。
彼とはもう24年の付き合いになりますかね~。
今日はちょっと長くなるけど、思い出話を交えて、心境などを吐露してみようかと思います。
共通の友達がいてね
仮に私の親友のことを伸ちゃんと呼びます。
中学校時代の同級生なのですが、中学生の頃は特に仲が良かったわけではない。
どちらかといえば、会話もなく、友達というよりは単なる同じクラスの顔だけ知っているという間柄。
高校に進学してから、お互いに別の高校となって新生活がはじまったわけで、元の同級生の多くとは自然と疎遠になってしまう。
ですが、伸ちゃんと私には共通の友達がいました。
共通の友達を介して、たまに遊んだりしていたわけですが、徐々に共通の友達をそっちのけで、伸ちゃんと二人だけで遊ぶことが多くなった。
ある時(確か17歳の頃)、簡単ではあるけど、親友の契りというものを交わしたっけ。(今思うと、結構、痛々しいけど(笑))
お互いに10台の小僧であり、自分の感情も満足にコントロール出来ない無知な少年同士。
主に私がエゴを伸ちゃんにぶつけて、彼を傷つけることが多かった記憶がある。
お互いに気まずくなったり、喧嘩っぽいこともあったけれど、社会人になってからも関係が無くなることは無かった。
と、いうのも、伸ちゃんは時折、私に連絡をくれたりしていたからだ。
実は伸ちゃんと私は趣味嗜好が真逆のところがあったりする。
私はお酒はこの世から無くなっても、全然、問題がないという男。
伸ちゃんはお酒大好きで、お酒が日々の娯楽として定着している男。
私は常に新しいことだったり、楽しいことだったりを探していて、それに対する努力は惜しまない男。
伸ちゃんは周りの影響を受けて、特定の物事をやってはみるものの続かないというところがあった。
私は感情的になりやすく、浮き沈みが激しく、他人のことはあまり考えないところがあった。
かたや伸ちゃんは基本的に冷静であったりするし、人間関係に気遣いを持てる人。
これはあくまで10代後半、20台前半までの話であり、お互いに社会に出て揉まれてからは、若干、変わってきたりした。
私にはありえない生き方
私が伸ちゃんという人間を語る上で、どうしても無視できないのが、彼が人の子を三人も育てていた時期があるということだ。
彼が就職する前に、アルバイトしていた店で好きになった女性。
この人は伸ちゃんにとって憧れに近い存在であり、人妻だった。
その人のことが好きで好きで仕方がないということは、常に伸ちゃんから想いを聞かされていたから、嫌というほど分かっていた。
結局、その想いを彼女に届いて、離婚させてしまうところまでいってしまうわけであるが、これには私は反対をして、伸ちゃんを傷つけたことがある。
伸ちゃんは片親であり、生活には特に不自由はしてはいなかったものの、歪な家庭環境の中で育っていた。
『おまえ(伸ちゃんのこと)は自分と同じ子供を作るつもりか?』
そんなことを言った様な記憶がある。
正直、後になって私はこの一言をいったことを、滅茶苦茶、後悔した。
だが、実際に間違ったことを言っているとも思えなかった為に、伸ちゃんに対して謝ることはせずに、これが切欠で暫くの間、疎遠となってしまう。
と、いうか、私から連絡をすることが全く無くなったという言い方が正しいだろう。
それに加えて、『ああ・・・伸ちゃんとはこれで終わったな・・・。』とさえ感じていた。
おそらく一年以上二年近くは、全く伸ちゃんと連絡を取り合うことが無かったと思う。
ある時、私の携帯電話に伸ちゃんから着信があった。
久しぶりに伸ちゃんの近況を聞いて、彼が以前に好きになった人の子供を三人ひきとって生活しているということを知る。
伸ちゃんは生活に一抹のストレスを抱え込んでおり、誰かにその気持ちを打ち明けたかった。
そうしたことを語れる人間は私しかいないと、忘れずに思ってくれていたようだった。
伸ちゃんの近況をきいて、パパやっているんだなぁ・・・と、感じて、私の中で伸ちゃんがどこか遠い存在に思えた。
かたや私は当時、彼女と同棲していたのだが、夜の仕事をしていて経済的にも不安定で生活も安定しているとは言えなかった。
当時、社会のことなど今以上に分かっていなかった私は伸ちゃんに対して、少しの劣等感を持ってしまったのだった。
しかし、人の子供を三人育てているという状況は、相手を愛しているから出来るという強い想いだけでは到底、片づけられない程のあらゆる重圧や不自由があることを伸ちゃんから聞かされる。
幼少から自由を愛して、それを求め続けていた私にとってみれば、伸ちゃんの人間力が凄いと感じた。
久しぶりの伸ちゃんの着信が切欠で、縁は再び繋がったと思う。
それからは一か月に一度くらいのペースで、会って話をすること機会を持つことに。
私が店を持った時に、お手伝いとして伸ちゃんが働いてくれたこともあった。
また過去に俺が伸ちゃんを傷つけた一言を、今更だと思いながらも、居酒屋の座敷で頭を下げて非礼を詫びたこともある。
わだかまりはなくなり、完全に和解出来たと思っている。
伸ちゃんと会うと、やはり彼の家庭内の話を聞かせてもらえることが多かった。
良くも悪くも、私には不自由な生活に思ってしまう内容に、疑問を投げかけることも少なからずあった。
そんな時、伸ちゃんは言っていた。
伸ちゃん『愛ですよ・・・愛。』
私『俺なら半年・・・イヤ、三ヶ月も無理だわ・・・。』
伸ちゃん『でも、好きになった女が、子持ちだったら?』
私『そうならないように(好きにならない)、コントロール(自分の気持ちを)するだろう。』
伸ちゃん『それが出来るのがすげえよな・・・。』
こんな会話をしていた。
伸ちゃんはパパであった時期が、確か6年くらいあったと思う。
自由な生き方が出来ていない伸ちゃんを見て、蔑むのではなく私には無い心の力があるとして、敬意を表するように接する様になっていた。
私も変わっていた・・・変わらざる得なかったというのが本音。
ある時、伸ちゃんはそれまでの家庭生活に限界を感じており、その心境を私に打ち明けるようになった。
家庭内の些細な事が蓄積していったのもあるのだろうが、伸ちゃんが奥さん(実際は籍は入っていなかったが、便宜上、奥さんと呼ぶ)や子供たちと一緒に暮らせないという決定的なことが起きてしまったからだ。
伸ちゃんや奥さんは、非常に人の縁や関係を大事にする人たちだ。
なので、良くも悪くも彼らの生活に介入してくる人間もいる。
当然、別れるということに際し、責められるのは伸ちゃんである。
理由はどうあれ、分かっていて奥さんと一緒になって、供に歩んでいるのだからね。
もちろん、当時の伸ちゃんの本当の心境や原因などを知っているのは、私だけである。
それを踏まえた上で、私は伸ちゃんにはこう言った。
私『伸ちゃん、ようやったよ・・・もう、いいんじゃない? 伸ちゃんには伸ちゃんの人生があるんだから。』
伸ちゃんは人に流されやすいところがある半面、決意したことは例え損をすることであったと分かってても、絶対にやるという信念がある男。
もう伸ちゃんは奥さんと別れるつもりなんだろうな・・・と分かっていた。
おそらく一緒に生活している奥さんは、如実に伸ちゃんの心境を感じ取っていたのだろう。
しかし、もはや伸ちゃんの中で決意は変わらずに、それから数か月後、離別した。
ちなみに少しだけだけど、しんちゃんの引越しの手伝いが出来たことが、今、思い出しても嬉しかったりする(笑)
上手く言えないが、伸ちゃんの新しい世界が開いたその時期に、少しでも関わっていたことが嬉しいし、胸を焦がす思い出の一つであったりする。
その関係を怖いと思う時
伸ちゃんはずっと同じ職場に勤めており、それは2019年現在も変わっていない。
寂しさを生活の中に感じることもある反面、間違いなく十数年前よりは自由気ままで幸せにいきていっている。
お互いに信頼し合ってはいるものの、生活のリズムや習慣が違うために、頻繁に会うことはない。
一年で一回の時もある。
だけど、何年会っていなくても、お互いの気持ちがあるのならば、それは親友といって差し支えないと思うし、間違いないと断言出来る。
しかし、一回だけ伸ちゃんと会うのが怖いと感じたことがあった。
2015年から2017年にかけて、私は人生の転機があった。
この時期のことは、ここでは多くは語らないが、言ってしまえば2015年以前の人間関係の殆どを自分の世界から消したといってもいい。
人というのは、暫くあっていないと変わっていることがある。
自分がそうだから尚更、分かる。
2017年春、脱サラをして歩き始めた私は少ない人間関係の中でも、生じてしまうトラブルにナーバスになり気味だった。
特定の組織や人間、会社などに依存せずに、自分で一人で生きていくと決意した私には人間関係というものが非常に重要であったりする。
誰も自分を助けてくれない状況の中で、付き合う人間によって、その後の未来が大きく変わるからだ。
暫く会っていない伸ちゃんの話す言動や、生きる姿勢、現状などによっては、伸ちゃんとも袂をわかつ必要があるのかも・・・と感じていたから。
伸ちゃんと久しぶりにあったが、単純に楽しい時間を過ごせた。
私が伸ちゃんに会うのが怖いと思ったのは、単なる思い込みであったことに安堵した。
そして思ったことは、趣味や価値観などは真逆なところもあるけれど、伸ちゃんと俺は根っこは同じだと。
根っこというと言葉は不適切なのかも知れないが、他に言うのであれば『魂の力』といってもいい。
余計分かり辛いかも知れないが、自分自身が何の為に生きているのか、その活力の源の話だ。
やはり、本当に何十年と付き合っていないと、その人間の奥底に眠る想いだったり、心の在り方というのは分からないのかも知れない。
ハッキリ言って、24年も縁が存続している人間というのは、伸ちゃんを置いて他には居ない。
2019年現在はお互いの都合を見つつ、たまに会う程度だけど、決まって楽しい時間を過ごしている。
願わくばお互いにどちらかがリアルオンラインをクリアするまで、楽しい関係性を築けていきたいなと思っているし、そうなると確信めいたものがあったりします。
おわりに
あまり深いことを考えずに、記憶を辿りながら、自分の唯一無二の親友ということについて書いてみた。
何となくこんなことを書きたくなったから、書いただけであって他意はない。
それに気持ちの赴くままに書いているので、まとまりには欠けるとは思うけど、それはそれでいい。
と、いうか、思い出したことを全部、文章にすると、おそらく長すぎて非常に読み辛く原稿用紙にして1000枚くらいの膨大なものになるからね(苦笑)
ただ、一番、今日の記事で言いたかったことは・・・。
『好きに生きていい。 己の信じる道を行け。』
私が日々、悶々としている誰かに対して、いつも言うことがこれ。
当然、自分で好き勝手にやるんだから、その責任は自分でとらなければならないし、結果的にもその人が不幸になるかも知れない。
だけど、これを言ってあげることが、どれだけその人に勇気を与えることになるのか。
言われた方は、どれだけ勇気と活力が奥底から湧くのか。
それを自信をもって、人に言えるようになったのは、実は伸ちゃんとの関係性と思い出があるからだったりします。
最後まで読んでくださって
ありがとうございます。
感謝しております。
Everything is going well!!
全てはうまく行きます。
それでは、またね^^