古びた教えが時が経つと新しいモノに輪廻している理由

2021年6月4日・現在の空は私的には酷く汚いと感じてしまう。

梅雨の最中でもあるので非常に活力が乏しい。

しかし、最近は仕事休みの日は、様々な作業に没頭していたり、学びをしていたりする。

最近、特に強い気持ちになっている複数の事柄について、今日は書いてみる。

 

悠久の時の狭間で何を想う?

結論からいって、非常に幸せな日々を過ごしているということである。

自分自身が生きている限りに成し遂げたい到達点というのは、膨大な時間がかかるのだけど、それに焦燥感などは一切ない。

とにかく自分だけの変性意識流れる時間を大事にしていればいいわけなので。

 

普段は作業したり、学びを深めている私。

私の数少ない同志と呼べる青年は現在は公認会計士を目指して、猛勉強中である。

親友は去年に始めた趣味を横に広げて、新たな活動をして充実した日々を過ごしている。

義理の兄と思っている男は、その強靭なサムライスピリッツを抱いて憂国と海外を俯瞰している。

 

私も含めてそれぞれが過去に沢山の経験をして、今を無事に生きれている。

その他にも他者に付随する外のフィールドを意識したりもするが、基本的には意識は内に向けて、時間を使っている。

 

あと自分は何年生きれるだろうか?

 

こういうことを考える人間も少なからず存在しているだろうが、私はあまり気にしていない。

自らが望まない限り、私の様な性格が悪い人間は図太く長生きしてしまうと客観的に感じているからだ。

 

つまり私にはまだ時間があるということなので、今はアンブロシアの風が吹くその時まで、思いのままに時間を使っている。

 

その教材を購入したのは3年前?

思いのままに時間を使っていると言っても、基本的には常識的には『学び』に費やしていると自負している。

多くの人間が思いのままに時間を使うというのは、娯楽や意味のない習慣に基づいた行動に時間を使ってしまうもの。

それが悪いというわけではない。

 

他人の持つ『時』を何に使うかは、その人の『自由』。

 

私は今は『学び』に重点を置いているわけであり、それは『勉強』という二文字には当てはまらないと勝手に思っている。

 

その切欠になったのは、2021年4月16日からだった。

ある一冊の本を読んで、思い出したことがあってね。

 

そいや、この著者の教材、数年前に結構、買ったっけ・・・

 

その著者の教材は以前に見て面白かった。

基本的にメーカー希望小売価格と内容は見合ってないと思っていたのだけど、時折、目からウロコが落ちるようなことを伝えてくれている。

加えて言い回しや表現が面白く笑ってしまったりもしたので、『カネ返せ~~~(# ゚Д゚)』とは思ったことは無かった。
(まあ、裏技使って超安く仕入れたので、金返せなんて思う資格もないのだが)

 

かの日に懐かしがって久しぶりに再生してみると、気づいたことがある。

それからこの1か月以上、この著者の教材を主体として学びに時間を割いていたりするのが私の日常。

 

この著者が何者なのか?はさておいて、学んでいるテーマそのものは世間一般的にはマイナーなもの。

トレンドには全く沿っていないし、ブームなんかも絶対に起きないであろう分野。

一見、これが未来に何の役に立つのか?と分からない人は思うかもしれないが、あくまで自分が学びたいから学んでいるだけ。

 

かつてある学者さんが言ったこと。

何に役に立つ』とか『何に勝ちたい』とかね・・・あるいは『分かる喜び』すら関係なくて、実は『やっている』こと自体が喜びであればいいんですよ。
それ以外に『学問』をやる意味なんかない。

この学者さん、他の方とテレビに出て学問について講釈を垂れて、若いコを誘導しようとしている者達を糾弾していたわけだけどね。

でも、共感出来るわけですよ。

 

喜びを感じる物事が例え他人が気が狂うことであったにせよ、自分が楽しく喜べるならそれをやることは『自由』だし、効率も必然的に良くなるというもの。

 

まあ、実際には『けーご』にとっては、凄まじく意味のあることを学んでいたりもするけど、それもまたおいておいて。

タイトル回収してみるよ

今日のコンテンツのタイトル回収でも書いてみます。

 

基本的に私が数年前に裏技で購入したモノは、おそらくは10年以上前のモノもあったりする。

現在は非常に移り変わりが早い為に、新しいモノはすぐに古くなったり廃れていったりするものですよね。

 

だけど、実際には物事の本質だったりを抑えているものであれば、基本構造は何も変わっていなかったりする。

なので私が実はトレンド嫌いである理由がここにもあったりします。

 

古びた教えが新しいモノになるという一見して矛盾した理屈。

 

数年前、初めて遭遇した時の教えを紐解いた私と、現在の私は別人だから感じ方も学び方も違っているわけです。

私の中では新しく感じたわけだし、内容そのものも色褪せることがない内容ですし。

 

加えてもう一点挙げるならば、繰り返しになりますがトレンドではないからです。

 

こうした一回、学んでしまえば人間が生態系の頂点に君臨している限り、永遠に使えるようなジャンルに絞って学びに時間を使っていく方が合理的と考えているわけです。

 

おわりに

そんな考えの元に、今は『学び』もとい『必要における情報収集』をしているといった感じ。

慣れて・・・飽きて・・・楽しくなくなったら、それは完全に自分のモノになったということ。

 

その時が新しいことをトライする合図。

 

・・・まあ、実際は学びだけではなく、無形のモノ作りもしているわけですが、それは今回のテーマに反するので割愛。

 

やっぱり喜びを感じることにエネルギーを費やした方が、幸福感が増していきますね。

仕事に応用できる部分も、応用していたりして、効果は上がっているし、これから先が楽しみだったりしています。

 

ってことで最近の近況を交えて、気づいたロジックなどを記してみました。

 

魔道ブログは不定期更新ですけど、やはりアウトプットの場としては、まだまだブログは良いメディアですな。

さてと、ステーキでも食ってきます。

では、また後日に~(´Д°)ノシ

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