嫌われても無視されても構わない理由

2018年7月25日の加筆・改作分。

 

現代だからこそ自信を持って言えることであって、これを分かっているだけではなく、しっかりと出来る様になっているのであれば、何も怖くはない。

 

そんな一つのロジックとも言えるかな?


——-ここから——-

インターネットを使用すれば、低コスト且つ低リスクで様々な恩恵が受けることが出来る。

だからこそ如何に自分を際立たせられるかや、認知してもらうかが重要であるといえる。

だが、無視されても嫌われても全く問題がないといっていい。

恩恵を得る為には人からの信頼や好意などが必須なのにも関わらず・・・。

今日はそんなお話をしてみたいと思います。

 

どれだけエンカウント(遭遇)できるか

恋愛などでよく聞かれる台詞でこんなものがある。

この人しかいない・・・。』とか『あなたとしか一緒になれない。』というもの。

私は”その位の気持ちで人に接するべき”という解釈で考えてはいるが、人は感情の生き物であるので、様々な要素が相手と合致しなければ、その想いは届くことはない。

そもそも、想いが成就しないことはザラにある。

それは恋愛でも、ビジネスでも、人間関係でも何事でも・・・。

過去に必要以上に囚われがちな人間は、脈がない人間関係や終わってしまったビジネスに執着して、多くの時間と気力を浪費している。

自分にとっても相手にとっても、うまくいくかいかないか50%50%である。

100%なんかはありえないことを、先に理解する必要があると思っています。

更に言うのであれば、『そこでしか生きれない。』とか『これしかない。』とか『この人、あの人しかいない。』というのは、所謂、自分自身の思い込みでしかないわけです。

元々、私たちはゼロから始まっています。

最初は何もなかったわけです。

全ての事象に100%はありえないわけで、低く見積もっても50%50%ならば、数をどれだけ重ねるかにかかってくるということです。

 

嫌われても無視されてもいい理由

私たちは絶対的な制約の中で生きています。

それは時間の制約です。

1日24時間、1年365日は不動の原則であり、これを破れる人間はいません。

なので、出会える人間や掴むことが出来る機会も限られているのです。

これを前提にしてあることをつづります。

総務省統計局が公表している人口総計(2016年版)のデータを引用します。

日本の全人口は約12700万人です。

仮に子供と老人を対象外にして、20歳から59歳までの人口は約6214万人です。

そして異性だけを省くと約3107万人です。

ここで、あなたが自分と向き合って相手を選んだとして、仮に1%が残ったとするならば、31万人残ります。

当然、全ての相手があなたを許容することはないでしょう。

99%の人間に許容されずに無視、あるいは嫌われたとしても、残り1%は3100人います。

3100人の人間と深い関係、或いは親しくなり信頼しあえるのならば、それは非常に多く、充分過ぎる数であるのは言うまでもない。

仮にこれから何らかの活動を50年したとして18250日。

3100人の人間、全てと遭遇し信頼関係を構築できることは難しいが、それだけの可能性があるということは理解できるはず。

つまり、126996900人の人間から無視されようが、嫌われようが全く問題がないのです。

 

何か目的があるならば、まずは・・・

前述したように厳選し、相手のことを考えても、3100人は良い関係を作れる可能性がある人々がいる。

しかし、それらの人間に知ってもらわなければ、何も始まらないわけです。

相手が自分のことを知っていなければ、意志の疎通も出来ないし、関係性を築くことも出来ないからです。

もしも、何かしらの目的があるのならば、まずは自分が出来る範囲で自分のことを知ってもらう為に踏み出すことが重要です。

インターネット上にある様々なインフラを使えば、より早く効率的に自分のことを知ってもらえる機会は多くなり、可能性が高まります。

前述した仮定を使っていうのであれば、有限の時間の中で、まだ見ぬ3100人と出会えるかがポイントであるといえます。

 

最後に大事なこと

あくまで3100人というのは、敢えて日本人だけに絞った数字です。

もしも英語や中国語、他の言語が堪能であれば、意志の疎通が容易になる為に、その分、数字は大きくなります。

なので、何を目的にするかによって細かいところは違ってきたりもしますが、出来るだけ自然体でいいということ。

決して好かれる為に、無理をする必要はどこにもないということ。

しかし、自分を好きになってくれる可能性のある人間と遭遇出来たのならば、感謝の気持ちをもって接することは必要不可欠である。

自分自身を大事にすることは必要不可欠だが、自分自身の為に出会えた相手を蔑ろにする行為をしたり、自我欲を満たすためだけの存在にしてはならない

そして、この逆も然り。

感謝の気持ちがある、あなたを蔑ろにし一方的な欲望を押し付けて、力を奪おうする人間はロクな人間ではない。

よって、ただちに切るべきであるし、無視するべき存在といっていい。

そうでなければ、前述したような思考と行動は、意味が無く水泡に喫するものになるからである。

 


そもそも時間を超えられない我々は、全ての人間と関係を築き続けることは不可能であるから、絞り込む必要があるのだ。

 

——-ここまで——-

特定の組織や会社が、その時の自分の全てといい、そこだけしかないというのならば、この内容は読む価値もないと思う。

 

むしろ、長い物には巻かれろの精神で、短期的な快楽や自己承認欲求の為に生きていけばいいだろう。

 

だけど、それは自分自身の自由を勝ち取る為の根本的な光脈には繋がらないと考えています。

 

むしろ嫌われても構わない位の精神の方が、自分の好きなことを出来るし、勇気が出てくるもんです。

 

人生一度きりだから、自分のやりたい様にやっていって何が悪い?と思うわけだしね。

 

そんな素の自分を出して表現するからこそ、本当に気の合う人間にも巡りあえるわけだから、実際には良いことづくめなんだけど・・・。

 

だから私は最低限、どんな人間であったにせよ、その人の意志などは尊重したいと思っている。

 

だけど、エゴを押し付けてくる人間とは、いつ何時だって突っぱねることも出来れば、無視することも厭わないという姿勢はいつももっている。

 

そんな普通ではなかなか出来ない姿勢を保っているのも、前述したようなロジックを頭に叩き込んでいるからです。

 

そしてそれこそが『絞り込み』にも繋がっていくことになるのですけどね。