好きなことをするということは、自分自身の底力が出しやすいと言えます。

その物事が好きというだけで、時間を忘れて取り組める。

しかし、普通に考えて、自分がそれだけの気持ちを込めれるというものが、沢山あるのか?と、いうことにも繋がってくる。

好きという気持ちは、本来は対人関係で主に使われる言葉でありますが、今日はそれとは別の意味においての好きというお話。

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好きになることとは?

結論から言って、

好きなことをして自由になるんじゃない。 自由になれる為のことを好きになるんだ。

これが私がそれなりに生きてきて、出てきた答えです。

世の中には様々な『好き』になれる娯楽や物事に満ち溢れかえっています。

ですが、それを全て自分の中に取り込むのは、現実的に不可能であるので、選択する必要があります。

私の信念の中には『自由であり続ける。』というのがあるので、これが、『好きになる』、『嫌いになる』の基準になっていたりします。

何の実益も蓄積もないと感じるものには興味を示さない。

実益になるとか蓄積になると感じるものに興味を示し、自分が続けられそうか?で好きになるという形で決断しています。

 

好き嫌いは変わってしまう

好きとか嫌いというのは、実は非常に曖昧なものであります。

嫌いが好きになることもあったりするし、好きだったものが嫌いになるということもある。

所詮、その程度のものでしかないのです。

と、いうことは自分で好きになれるか、嫌いになるかをコントロールすることも可能であると言えます。

好き嫌いというのは、多くは相対的(他との関係において成り立つさま。また、他との比較の上に成り立つさま。)なことで起きる情動。

自分は好きなことなんだけど、周りが嫌がるから自分も嫌いになってしまうとか。

自分は好きではなかったけど、周りが好きだから、自分も好きになるとか、そういうことで発生しやすい。

しかし、この場合は結局、他人に流されているという証明であったりもします。

これが悪いとは思いませんが、場合によっては他人の人生を歩かされて、搾取されるだけという悲劇を起こしたりもするので、こういう状況は受け入れられないと感じています。

なので私は前述した通り信念に基づくものを好きになるという選択基準で、物事への『好き』『嫌い』を決めています。


好きという気持ちの強さ

こういう話をする時、私が決まって例を出すのはゲームです。

私はファミコン世代であり、20歳超えてからは正味、6,7年、ネトゲにハマっていたことがあります。

会社へ行く、寝る、食べる、風呂入る以外の時間は全てネトゲをプレイするという感じです。

ジャンルで言うとロールプレイングゲームだったわけですが、要するに、自分のキャラのレベルやゲーム内の資産を作り出して楽しむというもの。

ゲームが好きだからやっていたわけですが、その中でも辛い作業などがあったりする。

それはキャラのレベル上げや、ゲーム内の資産を作るためのプレイ。

これらは基本的に同じことの繰り返しの単調な作業。

単調な作業そのものは、嫌いになる要素ばかりです。

刺激がない。』、『疲れる。』、『退屈。』、『面倒くさい。』などと、ネガティブな感情を引き起こしやすいと言えます。

それらに何百時間、何千時間と投じて得れるものは、そのゲーム内で出来ることが増えるという自己満足感。

辛いことを何故、出来るのかと言えば、それは好きだったからです。

その作業は辛いけど、そのゲーム自体が好きだったから出来たわけです。

だから好きという感情は凄まじい力をもたらしてくれるというのは、私はネトゲから学んだことと言っていい。

 

好きになれるかなれないかが才能のあるかないか

好きという情動について、もう一つ、大事にしている考え方があります。

我々は本来はゼロベースでこの世に生を受けています。

自分の取り巻くあらゆるモノを『好き』『嫌い』と判断できる基準すら持ち合わせていなかった筈です。

しかし、時間の力を使って、特定の分野で大活躍をしたり、大きな収益を上げて成功者と言われる人たちが誕生しています。

そうした人のことを他人は『あの人は才能がある。』と評価しますが、個人的には私は納得が出来ません。

才能があるというのは一つの表現方法なので、それに対してケチをつけたくはありませんが、敢えて言います。

才能とは『どれだけその物事に打ち込めたか?』の違いでしかないと私は思っています。

一日一時間だけ10年やった人と、一日五時間を10年やった人だったら、実力の差が違うのは明白です。

物事に取り組み継続させる為に必要なのは、それを『好き』であるということに他ならないと私は思っています。

好きになれるかなれないかが才能があるかないかの違い。

これ以上でもないし、これ以下でもないと私は感じています。

 

好きなことは本当に自分の信念に根差しているものなのか?

好きも嫌いも最初は分からなかった筈。

好きなことがあるということは、それに対しての才能があるということ。

 

自分が好きになったことは、やらなければならないではなく、やりたいになる。

やりたいことが、実益や蓄積が伴うものであるならば、確実に人生を有意義に後悔なく生きていくことが可能になるでしょう。

 


『好き』なものは続けられるようになっている。 続くということは時間の流れと供に自ずと自分に結果が転がり込んでくる。

最後まで読んでくださって

ありがとうございます。

感謝しております。

Everything is going well!!

全てはうまく行きます。

それでは、またね^^

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