カモメとゴキブリのまなざし・・・活殺自在に自分のフレームを操れ

2018年8月10日の改作分。

最近、私が改めて収集している情報とリンクしているので、復習の意味を込めて。

 

——-ここから——-

白いボディで何処かお気楽に空を舞い続けるカモメさん。

漆黒の甲冑を身にまとう、みんなの嫌われ者、ゴキブリちゃん。

そんな二つの生物と絡めて、大事にしている考え方みたいなものをつづってみます。

 

最初にお断りとして

結論からいって、伝えたいテーマは大局と小局ということ。

人によっては森を見るの? 木を見るの? とか、鷹の目、ミミズの目とか使う言葉が違うけど、言いたいことは同じ様なことです。

あくまでこれは私なりの言い方と解釈ってことを前提に読み進めて頂けると嬉しいです。

今回は少し普段の投稿内容とは違うものになっていますが、それはそれとして・・・。

 

生きている世界は同じだが・・・

渡り鳥として美しいとされるカモメ。

古くからの童謡にも登場する生物であり、天空を羽ばたく姿は非常に素晴らしい。

舞い続けるその眼差しからみえる世界はより多くの景色を捉えていることでしょう。

 

かたや湿っぽい暗がりに生息して悪食として名高いゴキブリ。

決して種が滅びることがない屈強な生物でありながら、見るものを嫌悪感に陥れる類を見ない生き物であったりします。

 

天と地の開きがあるこの2種ですが、同じ世界、同じ地球に生息していることには変わりがない。

しかし、その眼差しから見える世界は明らかに違うことは想像に難くないわけです。

 

二種類の目を持つことで

カモメはより多くの世界を見ることが出来ている筈。

しかし、決して踏み込めない領域が確実に存在しています。

何故ならば飛んで渡り歩くということしか出来ないからです。

 

かたやゴキブリはどこにでも入り込むことが出来て、カモメには認識できない小さい世界を認識することが出来る。

飛ぶことは出来るけど、カモメの様に大空を舞うことはできない為に、大きな力に叩き潰される危険性と隣り合わせであったりする。

 

そして、この二つの生物の特性を認識できるのが、我々、人間です。

カモメの様に広い目で世の中の流れを見て、時間に身を任せて自然の風に乗るタイミングを見定める。

ゴキブリの様に緻密に素早く無から有を生み出せることができる為に、あらゆる思念を形に変えて増殖させることも可能。

 

どちらの眼差しも大事に自分の力として使っていくと、あることに気づくことがある。

そして、どちらかに極端に偏っていると、更に気づくことがあったりします。

 

第三のまなざし

カモメの眼差しのままで、全てを見ていると、ある時、虚無感に襲われる。

結局、物事は単純そのものであり、生まれては滅するだけであるということに気づく。

要するに退屈な気分が高じて、そもそも自分の存在価値などは取るに足らないものであることを自覚してしまうわけです。

 

ゴキブリの眼差しで、その先を見ていると、常に動き続けていないといけない焦燥感を持ち続けることになる。

常に何かに怯え続けて、永遠とも思えるように、終わりなき無間地獄のような状態に囚われ続けていく。

 

二つの眼差しを持った状態で、広がる世界を見てしまった人のみに開眼する第三の眼差しというものがある。

 

ある時はゴキブリのまなざしで汚れながらも、深く細かいところに潜り込んで、自分の欲望を満たす。

満たして得た欲望の形を今度はカモメのまなざしで、得た物や力をどこに投じるのかを見定める。

 

自分がそれらのまなざしで見て、動いた結果が満足を得るものであれば気づくはず。

 

自分は自由自在であったということに

 

それこそが本当に自分自身が悔いのない一生を送る為に必要な視点であったりします。

何となくスピッツの【ロビンソン】を聴きながら、大事にしている考え方の一つを書いてみました。

 


仏教で言うなれば『空』『煩』であり、そのどちらでもない『中道』に行くためには、どちらもみていないと踏み入れることも、辿り着くことは叶わない。

 

——-ここまで——-

 

最近、やたらと意識するのが『抽象度』という概念であります。

どの枠(フレーム)にハマって、物事を見るかによって世界が変わったりするわけです。

 

例えば仕事などでいえば、作業員と管理者の仕事内容は違う。

作業員はただ目の前のことを効率よく仕上げればいいだけだけど、ストレスは感じやすい。

 

管理者はそれらをまとめる立場にあるのだけど、こちらはこちらで全体を統括しないといけないわけで責任を取る役職だ。

どちらにも一長一短があったりするわけだけど、どちらも仕事ではいなくてはいけない存在。

 

大事なのはどちらのフレームにハマりながら、考えてより結果を出していくということ。

 

抽象度というのは、例えば

 

けーご

関東住まい

日本人

人間

生物

という具合の立ち位置のイメージとフレームの考え方と言ってもいい。

 

最終的には『有』『無』という二つしか残らないと言ってもいい。

なので、究極の答えというのは

 

在るとも言えないし、無いとも言えない

 

という結論に達してしまうわけです。

 

使い方としては自分が経済活動・ならびに価値の提供を行っている世界に抽象度を当てはめてみると、割と自分の最善の行動とは何なのか?に気づけたりします。

私はこれをカモメとゴキブリの眼差しという具合で使い分けていたりする。

カモメの様に大局をみて、今日の自分の大まかな行動を決定し、次はゴキブリのように小さく素早くミッションを遂行するという具合。

二つの眼差しで自分を使い、得た経験や力が第三の眼差しになり、新たな行動理念やゴール設定に繋がるということです。

 

自分なりの世界に置き換えてみると、結構、使えたりします。

当然、1人で生きていくためには、必要不可欠な能力ではないかな?って強く感じていることであったりします。

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