絶望と虚飾の中で

今回は少しネガティブな内容になります。

 

と、いうか私の内面の中の話であり、他人から見ればどうでもいいことだし、結局は自己責任なのですよ。

 

だけど、今、本気で思うことは『私もやはり流されていたのか?』と、いうこと。

 

そして、今でも『私は本当に自分で考えて決断しているのか?』と迷うことさえある。

 

それではいってみましょうか。

 

これまでにボケたジジイの様に何度も書いてきたことの中で、2015年のことがある。

 

その年は私にとっては人生の転機であった。

 

愛情が一転して、憤怒に変わり、別離という決断に踏み切らせた冬の終わり。

 

夏には自分自身が輪廻転生したという気持ちになり、一念発起。

 

秋から冬にかけて殻を破ろうと楽しみながらも必死にあらゆることを模索していた。

 

2016年になり、様々な価値観が変わって、今までの常識が覆った。

 

2017年に晴れて自由になった私は様々なことに取り組んで、様々な人間と会い、様々な学びをした。

 

元々、ネガティブな私は2015年に生まれ変わったと自分で思っていたので、それまでの自分とは反対の考え方をするように努めて明るく言い聞かせていた。

 

どんなことにも前向きに、悪く考えればキリがないから、出来るだけよく考える。

 

そんな感じであり、これは今でも変わっていない反面、疑問符が幾つか湧き上がる。

 

2017年はある特定のマーケットにおいては、バブルの熱気に包まれており、それはそれは凄まじかった。

 

その時に学んだことを私は人に直接的に利用されないようにしながらも、忠実に自分の習慣として取り入れて生きていた。

 

2018、2019年と私はどんなに苦境に立たされていたとしても守った。

 

だが、2019年夏になり私は徐々に変わり始める。

 

実は既に変わっていたのかも知れないし、ただ自分で認めたくなかっただけなのかも?

 

全ては間接的に流されていただけなのかも知れない・・・。

 

と。

 

心は情報処理システムである。

 

心とは脳機能のことであり、心を育てるのは時間と情報だ。

 

その心の中で学んだことを忠実に守っていたものの、結局、私の満足する結果は殆ど得られなかったと悟ったのは2019年の秋。

 

遅すぎたのかも知れないし、私らしくないと思った。

 

務めて明るく振舞っていたけど、実は私はある特定のことには既に絶望していたのだよ。

 

そして、その根本となり私の心を作った情報源の多くが、虚飾に塗れた実は私が忌み嫌う属性の人間たちだったこともね。

 

そいつらの言っていることが全て間違っていたわけではない。

 

むしろ前向きに未来を見て、あらゆる可能性を模索して前進しようとしていたのかも知れないね。

 

だが、私は既に信じる気持ちなど失っているのだよ。

 

元々、頼る気持ちは微塵も無かったが、どこかそんな人間たちが教えてくれたことの全てを信じようとはしていた。

 

まあ、当人たちも嘘をついたつもりはないんだろうけどね。

 

きっと私とどこか同じ気持ちだったのかも知れない。

 

こんな筈では無かったんだよ・・・。

 

とね。

 

しかし、結果は結局のところ散々な有様で終わった人間が多いというのは皮肉な話である。

 

加えて、それでも尚、ニコニコして羊の様にしているということは、虚飾の世界にいる人間には当たり前に出来るのだろうが、私には出来ない。

 

絶望とは突然、訪れるものではなく、蓄積していくものであるということが分かった。

 

虚飾に満ちた者というのは新しい世界に飛び込んだ先に、口を開けて待っている煉獄の番人たちなのかも知れない。

 

しかし、それもこれも自分の責任なのだ。

 

『たった一人の魔道』においては、不必要に人を頼ることや信じることはありえないし、私が私でいられなくなる行為そのもの。

 

何の為に一人になったのか?

 

何の為に自分で創り出したのか?

 

根底からこれらが崩れ去ってしまうし、もしも前に戻るのならば、ハナからやらなければ良かっただけだ。

 

自分で自分が許せなくなるほど、不幸なことは無いだろう。

 

しかし、私は確実に得たものがある。

 

実は自分にとって必要な心を育てる情報は極々、僅かで誰にでも見れるところにあるということだ。

 

誰かに依存しないといけない・・・折伏されないと先に進めない世界ならば、生きている価値などはない。

 

おまえらに与えられる幸せなどは幸せではない。

 

 

新しい始まりは2020年1月1日からだ。

 

もはや過去の栄光や私の心に大きな楔を打った様々な存在の去就など知ったことか。

 

僅かに残されていた異性に対する感情とは違うイトシキオモイを捨ててやろう。

 

信じるものは己自身と、イーブンな関係の身近な者達のみ。

 

リアルオンラインはまだまだこれからだよ。

 

 

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と、書き殴ってみましたが、

 

けーご、病んでいるのか?

 

と感じられそうな文章でしたね(^_^;)

 

でも、心の一部分の正直な気持ちであり、既に以前から思っていたことなんですよね。

 

騙されていた方が・・・身を明け渡してしまう方がどんなに楽かって思うこともありますよ。

 

見破る力があるということは、決して幸せなことだけではないということも自覚しているし・・・。

 

まあ、これだけのことを書いている、そんな私は相変わらず幸せには生きて行けてますよ。

 

毎日が楽しいと感じているし、気楽に世捨て人生活を満喫しています。

 

埼玉の外れで屈託なく空を見上げながらも、色々と観察しているオッサンの戯言でした。