ちょっとおどろおどろしいテーマを書いてみます。

 

元々、私はオカルティストでもあったんで、何気にこういったのは得意分野だったりしますが、専門用語や小難しいことは横に置いておきましょう。

 

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呪いのメカニズム

呪いと聞いて多くの人がイメージしやすいのは、ワラ人形ではないでしょうか?

呪いたい人の身体の何かや使っている物を、ワラ人形に埋め込んで、釘で樹木に憎しみを込めて打ちつける。

想像しただけで気持ちの悪い行為ですが、現代でもこれは密かに行われていたりします。

万が一、こうした行為をして対象者を不幸にしても、確実に呪いの詠唱者も不幸になっていくことでしょう。

そもそも、こうした行為の元となっているのが、言葉だからです。

言葉はその意味が分からなくても、発した人間の思いが込められている音。

音にしなくても、言葉を思い浮かべてた時に、どんな気持ちであったかで、エネルギーの質は変わります。

だから、言葉は本当に大事。

そんな言葉で我々の脳=心は作られているから、負のエネルギーに満ちている言葉は間違いなく自分を傷つけていきます。

 

呪いは誰でも発動させる事が出来る

チベット密教や古代の日本、西洋など多種多様な呪いの方法があります。

独自の理屈と世界観で雰囲気を作り、周囲を普段とは違う異質な状況に誘い、時には動物や薬を使ったりすることもある。

かなり大掛かりなわけであるし、対象に直接、行動を仕掛けたら、それはもはや呪いではなく実力行使になる。

しかし呪いは人を時間とともに、そこまで変えてしまう危険極まりないものなんです。

その源はやはり言葉と思いなんですね。

言葉と思いはそれを音にしてもせずとも、相手に伝えようとすると、遅かれ早かれその相手は感じとります。

そして、それの作用によって相手は何らかの影響を受ける。

影響を受けたのであれば、相手には何らかしらの変化があるわけです。

その言葉や思いの質が憎悪や嫉妬のようなものに満ちていたならば、それは即ち呪いの様に自分を含めて対象、周囲の人間を悪い状況へ持っていくことが多い。

憎悪に満ちた言葉や思いは、それを続ければ続けるほど膨張していき、自分でも制御出来ない程になる。

こうなってくると、かなり厄介です。

場合によっては死の危険もありますが、悪い話はこのへんにしましょう。


呪いが何であるかが分かったのなら・・・

呪いは言葉と思い、そして時間によって作られていく。

ならば呪いそのものの質を変えたらどうなるのでしょう?

憎悪や嫉妬などを彷彿とさせる言葉や思いを、愛情や賞賛、感謝を彷彿とさせる言葉や思いに変える。

そして、それを音にしていけばどうなる?

それは呪いではなく、福音になります。

福音を出し続けていると、実は良いことに気づきやすくなります。

それを繰り返していると、間違いなく物事の解釈が違ってきて、興味のあるものや、人間関係も変わっていきます。

ただし、もしも、近しきところに福音ではなく呪いを発する人間がいる場合は続けることが難しくなります。

多くの人間は良いことよりも悪いところに目を向けて意識を集中しやすい。

進化の過程でそうしないと生き残れなかったからです。

だから、一般的な悪い感情のエネルギーの方が強いんです。

 

呪いを破るには二つ

もしも福音ばかりを発し、自分の現状を良くしたいと願うのなら、呪いを発する人間とは縁を切ること。

会わない、話もしない、目も合わせない、連絡もとらない、存在を忘れる。

もう一つは敢えて正反対の言葉で負に満ちた言葉を潰しにいく。

嫌な気持ちになりそうになったり、普段から悪いと分かっていて使ってしまっている言葉を言いかけた時は、敢えて、『ありがとう』とか、『好き』、とか『楽しい』、『綺麗』、『可愛い』という言葉で潰していく。

つまり発する言葉を習慣化していくことが望ましい。

簡単な様でなかなか出来ないことですが、それが出来る様になると、間違いなく今よりも良くなります。

何故なら今、目の前ある状況の多数は自分の心が創り上げたことばかりだからです。

最後まで読んでくださって

ありがとうございます。

 

感謝しております。

 

Everything is going well!!

 

全てはうまく行きます。

 

それでは、またね^^

 

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