運命を変えた3ヵ月のことを書いてみようと思う

2018年に投稿した記事を加筆修正したものになります。

現在でもこの頃の記憶は鮮明に私の中で良き思い出となっているし、未来に向けて活力を与えてくれる。

どんな状態になっても、何者にも侵されない『自由意志』があるのならば、怖いモノなんかない。

非力であっても、矮小であっても、ただひたすら自分の道を歩む覚悟があるのならば、そこには幸せしかないんだよ。

冬の終わりに突然・・・

2015年2月のこと。

私は当時、父親と兄と兄の嫁の住む家に居候をしていた。

それまでは非常に楽しいというか、この家の為に私が出来ることをこれからもやっていくという気持ちで一杯だった。

ところがあるトラブルを切欠に、他の人間にはそれぞれの思惑があって、それがいい機会だとばかりに噴出。

結果だけを見ると、どうやらこの家をみんなで協力し合って良くしようという気持ちを持っているのは私だけだった (;^ω^)

 

ふむ・・・生きていた時の母親の気持ちが少々、分かった気がする。

が、私は母親の様に全てを受け容れて、身体をぶっ壊すほど人間が出来てはいない。

 

ある些細なことで激しく責め立てられた私が出て行く決意をしたのは、ある夜のこと。

もう三月になっていたと記憶している。

シリアスな話をした後に、仕事だから寝ようと部屋に戻り、電気を消した。

 

程なく、隣の部屋からそれまでの話の雰囲気とは打って変わって、テレビを見て馬鹿笑いする兄貴夫婦の無神経な声を聞いた時。

 

こいつらとは絶対にもう一緒に生活出来ない・・・。

 

と、思った。

 

それからというもの、寝る前の日課となったのは、モバイルで賃貸物件情報に目を通すこと。

通帳の残高は40万くらい。

ふむ・・・私には8月まで借金の返済がある・・・我慢するか・・・どうしようか・・・。

 

でも、同じ家に住む彼らの真意に気づいてしまった今となっては、自分の為にも彼らの為にも、出て行く必要に駆られたのだ。

私は当時、千葉にある上場企業に出向という形で働く派遣社員だった。

この企業、とにかく残業が多くって、それが嫌な人間からすれば『ブラック(@_@)』『ド真っ黒!( ゚Д゚)』って言われていた。

 

だが、私にはそうは思えなかったので、受け容れていた。

残業が多かったし、仕事の内容そのものは身体的に辛いと思うことはあったけど、楽しいと感じる部分も多かったから辞めたいと思ったことは無かった。

残業が多い=金も入るということだったので、悪くないと思っていた。

 

KOUが以前にいっていたこと・・・

お金が無ければ、揉めなくていいことで揉めてしまう・・・(^_^;)

なので銭になるんなら、許容できることは頑張ってやる!という気持ちでやっていたのだ。

 

単純な理由が自分を良くする

不動産を探すようになった時の私のもう一つの気持ちは、とにかく家に帰りたくなかったということ。

私は自分の業務時間が終わった後、同じ派遣会社の別の部署の仕事を率先して手伝いにいくこともあった。

 

私たちを管理するマネージャーはよく言っていた。

俺は働く奴が大好きだ。

と。

 

仕事の終わりが深夜になったら、決まってマネージャーは

クレストに泊っていいぞ。

って言ってくれた。

 

クレストとはカプセルホテルの名前。

私は喜んで泊って疲れを癒した。

 

当然、宿泊料金は会社持ちなので、私の懐は全く痛くない。

経費として落とせるわけだし、派遣会社の都合上、それは微々たるものであるにしろ利益にもなるし。

何でそこまで働いたのかといえば、家に帰りたくなかったからだけなんだけど(笑)

 

そんな日が続くと、社内で今まで話しかけてこなかった人も話しかけてくるようになるし、噂されるようになる。

一介の作業員の私であるが、どんどん立場とか風当たりが良くなってくる。

 

身体は疲れていたけど、精神状態はむしろ以前よりも良かった。

一生懸命、働けば、それまで蔑んでいる目で見ていた人間も掌を返すようになるし、無視できなくなるわけで(^盆^)

 

ちなみに私が家に帰りたくない理由があることとか、何でそんなに働くのか?と、いうことを知っている人間は誰もいない。

 

ただ、父親や兄貴、兄貴の嫁は異変には気づいていただろう。

あの日から、あいつは何かがおかしい。と。

 

家に帰った私に何事もなかったかのように話しかけてきても、軽くいなすだけで余計なことを言わなかった私。

たった一人の小さな計画がとりあえず順調に進んでいたのが、ひそかに楽しく思えるようになっていた。

桜が咲くころに

とりあえず家を出る計画を立てている私。

家から出て新しい住居のことで、想定できるところを出来るだけ想定してみた。

 

まずは金のことだけど、とりあえずガンガンに働ける場所があるので、借金はあるけど何とかなりそうだ。

特にこの頃の私の生活リズムというのは、会社の仕事を最優先に考えていたから、単純に衣食住に困らなければいいという考えのみ。

 

別に居心地が良くって、コストも低ければ、四畳半のチンケなところでもいいと思っていたくらいだ。

 

たまにKOUと会う時があった。

会社の人間に友達らしい人はいなかったし、こういうプライベートなことを話せて信用できる人間というのは、当時、KOUと伸ちゃんしかいなかった。

 

しかし伸ちゃんとは数か月以上、会っていなかったし、事がうまく運んだ時に話したいと思っていた。

とはいっても、居候先の家に呼ぶ気が全く無くなっていた私がKOUと話す場所といえば、ファミレスくらいのもの。

 

ファミレスで実は・・・と私が考えていることや、構想などを話した。

 

KOUはただ黙って聞いてくれていたが、ふと言った。

アソコに敵う物件って無いと思うんだよねぇ・・・(^_^;)

アソコというのは、以前に私とKOUが同棲していた時の賃貸物件。

 

確かにそれは私も感じていたが、最悪、隣近所にあまり気が使わなくてもいいという最低条件を満たしていれば、物件のコストパフォーマンスを求めてはいなかった。

ウチに暫くいる?

とも言ってくれたKOU。

 

それはそれで別の問題が生まれそうだったので、選択肢には入らなかった。

KOUは両親と兄とペットと住んでいるマイホーム住まいだが、甘えるわけにはいかなかったし。

それにこの時はKOUの家庭は私の思い込みではあったが、ずっと4人と可愛いペットで屈託なく退屈だけど平和なイメージが確立されている世帯に映っていたから。

それを私の様な人間が紛れ込んで壊すことはしたくなかったのだ。

この時には実は私には既に自分の自由というキーワードが沸いていたわけだし。

 

三月下旬・・・桜が咲くころに私は複数の不動産会社に電話をして、下見の予約をしたのだった。

実はこの頃はさすがに連日のハードワークに休みの日は、頭痛がしたりして体調は芳しくはなかった。

季節の変わり目ということもあり、風邪ひいたりしていたしね。

 

だが、家に帰る度に言いようのない不快感が拭えることは無かった。

いよいよ私の雰囲気などがおかしいと感じている兄や兄の嫁、父親などからは、それとなく私が出ていくことを阻止するような言葉を投げかけられる様になったからだ。

 

振り向くな躊躇うな迷うな

最近、身体が思うように動かなくって・・・

父親が神妙な顔して、台所で私に言ってくる。

 

どうせ出て行かねえんだろ?

兄が苦笑いを浮かべて、階段傍で私に冗談っぽく言う。

 

けーごクン、最近、どうしたの?

兄嫁が廊下で笑いながら軽く何かを取り払うかのように聞いてくる。

 

私はふうん・・・。』『かもね・・・。』『忙しくってね~と言う感じで、それら全てをいなすだけ。

もうロックアップしている望みは、一年半くらい私の寝食を支えてくれたウチを出て行き、まだ見ぬ聖域を探すこと。

 

本当に父親の具合が良くなかったとしても、兄にどれだけ憤りを露わにされても、兄嫁にどれだけ心配されたとしても。

私はもう揺るがなかった。

 

むしろ言われれば言われる程、Blue bloodが身体に走るようになっていた。

 

・・・ならば、何故、あんなことを言った?・・・やったのか?

 

それによって私が他の身内から

 

けーごって冷たい奴だね。

けーごって頭おかしいんじゃない?

けーごって恩知らずだね。

けーごって酷い子ね。

けーごとは縁切りだ!

 

と、言われても構わなかった。

 

むしろ良いヤツ程、損をしてダシにされるというのは、大なり小なり経験してきたこと。

もうたった一人、自分の為だけに生きてやる。

そう思っていたし、揺らぐことはなかった。

 

客観的に見て、血の繋がった肉親を捨てていくということが、どういうことかは一般常識的に分かっている。

振り返ることはもう出来なかったし、自分が出て行くことに何があっても躊躇う気持ちも出てこなかった。

 

ちなみにこの特集記事は元々はサンクチュアリ -聖域-というタイトルで3日に分けて投稿されていた記事を一つにまとめたものだ。

よって、前置き文なども、そのまま転載してということなので、言葉の意味をつづっている。

 

『サンクチュアリ』というのは聖域という意味であり、本来は神仏に関連する場所を指すときに使われる。

意味は他にも色々とあるが、保護される場所とか犯してはならない土地という意味でも使われることがあり、私にとっては今住んでいるところがそれに当たる。

そんな意味合いで使っているキーワードですよ。

激しい頭痛から始まる一日

思い出しながら、確実に自信のある記憶だけを言葉にして書いている。

 

人間の記憶などはアテにならないから、必ずメモを取っておく。

 

そう言っていたのは、前回の記事にも登場した私を大層、可愛がってくれた派遣会社のマネージャーの言葉。

それを思い出して、昔のメールなどを見返して、記事に書いてみる。

 

ふむ・・・深夜、寝る前に自分の決めた条件に合う物件をいくつか見つけて、HOME’Sから問い合わせていたことが分かる。

それが2015年3月21日のことであり、実際に物件を見学しにいったのは2015年3月27日だったようだ。

 

丁度、桜が咲くころということもあり、シーズン中。

メールのやり取りでも、それを理由に不動産会社の方も早めの対応がしたいと書いてきていたようだ。

 

じゃあ、今回はこの日のことを皮切りに書いてみようか。

 

この日、凄まじく起きたら頭痛がしたので、本来ならば薬を飲んで寝ていたかった。

だけど、予約をしているから、重い腰を上げて時間を計りながら外出することに。

ある駅前にある不動産会社に赴いたのは午前11時のこと。

 

少しカスタムしたスーパーカブ90を停車して、中に入ると応対してくれたのは、すごいイケメンで好青年の若き営業マンだった。

少なくとも私より10歳は歳下の青年だったが、非常に対応が良かった。

向こうも当然、商売だから、私が問い合わせした物件以外の住まいもすすめてくる。

それは想定内だったので、付き合うことにする。

 

私の譲れない条件などを聞いたうえで、数件の物件を見学しにいく段取りで営業マンと供に外に出る私。

条件的には出せる家賃は駐車場も入れて5万円程度。

駐車場はなるべく近いところがよく、気を付けていたのは何よりも隣近所の雰囲気だった。

 

新しい住居となるところには、私以外の同居人は誰もいないから、内ゲバが発生する可能性はゼロ。

となると、トラブルの元となるのは、近隣住民であるのは明白。

こちらは当然、大人しく生きていくつもりだが、おせっかいな人間や人のことをやたらと気にするような人間だったり、決まりごとのある町内会みたいなところはパスだった。

 

もちろん、そんなことは住んでみなければ分からない事の方が多いが、それを念頭に置いていた。

あとは絶対に自分のプライベートが守れるようなところ。

単純に寝るだけの安い賃貸ならば、レオパレス系のとこでも全然、問題は無かったが、壁が薄いところなんかはまっぴらだった。

コチラも迷惑かけるかも知れないし、隣がうるさいと思うのも勘弁だったしね。

 

セルフコントロール♪

家賃は安ければ安いに越したことではない。

下見の場所に向かう送迎車の中で、感じのいいイケメン営業マンにそれとなく聞いた。

 

事故物件でもいいですよ? 俺(^盆^) そんなもん(霊とかwwww信じてねーし。

 

イケメンの営業マンは苦笑いしながらも、すごく真面目に答えてくれた。

その内容は憶えていないが、すごく適切で綺麗な返答だったはず。

 

その返しにも

このニーちゃん、若いけどすごいなぁ~。

と、感心したもんだ。

 

確かこの不動産屋では三件回った記憶がある。

一番、最初に私が問い合わせした物件で、こじんまりとしたアパートで2階。

入ってみると天井が低く、くたびれた内装であったが、住むには悪くなかった。

貸駐車場も近くにあり、それと込々でも5万円位であった。

 

とりあえず、次という感じで別を見て回ることに。

2件目は全く記憶に残っていない。

 

3件目、最後の見学は所謂、テラスハウスに属する物件だった。

家賃は確か6万8千円だったけど、まあ、すごいイイ物件だった。

玄関と裏口があり、裏口のすぐ目の前が駐車場でキレイにしてある。

ネットがひいてあり、引っ越せばすぐに接続できる。

1Fは綺麗なシステムキッチンで、奥は洋間で傷んでいるところはなかった。

2Fは和室だったと記憶しているが、決して悪くはなく寝室として申し分のない部屋になると感じた。

 

しかもこの物件の名前に何か感じるものがあった。

私の名前は『けーご』だが、漢字にすると『恵悟』という。

この物件の名前がグレースハウスというのよね(笑)

 

営業マンには丁寧な対応をされながらも、早く契約しなければ・・・という感じで契約を急かされる。

うん・・・この営業のイケメンにーちゃん、すごくいい感じだし、質問には何でもナチュラルに感じ良く答えてくれる。

 

午後には別の不動産会社で予約があったが、頭も痛いし、ここでいいかな?って気持ちにもなっていた。

敢えて私は

ここ、すごくいいと思うけど、検討してみます。 で、折り返しメール入れるよ。 他のとこでも見に行く約束してるしさ。

と営業マンに告げる。

 

今、シーズン中ですから、決まってしまうかも知れませんよ?

まあ、殺し文句だなぁ・・・とは思っていたけど、私は

ああ、俺、別に急いでないんだよ。 もしも決まってしまったら、それは縁が無かったと諦めます。

と、急かしに乗らないようにする。
(本当は一分一秒でも早く家から出たいんだけどねwwww)

ホリグチさん私の名字ね)、何かありましたら相談に乗るので、気軽にお問い合わせください!(^o^)

不動産会社に戻った後に、そう言い良い応対をしてくれたニーちゃんに見送られて、帰路につくことにした。

私がグレースハウスを即決しなかったのは、家賃が自分の決めた分をオーバーしていたからではない。

他に予約があったのもあるが、一点、どうしても気に入らんところがあった。

テラスハウスの特性上、開いていたハウスで私が紹介された部屋は、連なる他住居の間に挟まれていたからだ。

もしも、これが左、もしくは右の外側であったら、即決していただろうね。

それに全ての物件を見てからでも遅くはないとも思っていたし・・・。

だが、あそこはいい物件だなぁ・・・と思っていたし、営業のイケメンにーちゃん、すごくいいヤツだったからいいかなぁ?って気持ちは持っていた。

 

別の不動産会社の予約時刻は15時。

時間が余っていたので、一回、家に帰るが、本当に具合が悪かった。

もう、グレースハウスでいいかな?って思ったし、予約断って寝ようかな?とも思っていた。

 

でも、これから俺の新しい人生が始まるから、約束を守らないとっていう変な使命感(ぶw)に駆られていた。

なので、ちょっとご飯食べて、14時30分くらいに家を出た。

最後の一つに電気が走る

その不動産屋は、前の不動産屋に比べて、なんか空虚で活気が無かった。

応対してくれた人間は、歳は40代後半かな?

口調は丁寧だけど、どこか冷たい感じのする人。

 

名刺をもらったが、どうやら主任らしい。

問い合わせ頂いた物件ですが、正直・・・あまり・・・おススメできないですねぇ(^_^;)

 

私がその不動産会社に問い合わせた物件は古い一戸建てであった。

 

小さいけど庭と駐車スペースがあり、家賃も安い。

なんで?

と、私が訪ねると

すごく古いですし、クロスも剥がれているし・・・。

私は別に中が多少、汚くても構わないと思っていた。

 

クロスが剥がれているのは、自分で補修も出来るし、いくらでも綺麗に出来る自信はあるしね。

 

間取り図を見て、しばしの沈黙の後、主任の彼は

こんなところもありますけど~

と、色々と他の賃貸物件の間取り図が載るチラシを提示してきた。

 

それに私は目をくれずに、自分の問い合わせた物件の間取り図をガン見。

すると、あることに気づいた。

 

ねえ、ここってまさかトイレ、和式なの?

そこは全く盲点であった。

ああ、そこって和式なんですよねぇ(^_^;) そういうこともあっておススメは・・・

和式トイレで用を足せないわけではないが、毎日のことだからね・・・。

 

もう帰っちゃおうかな?って思ったけど、これで席を立つのはちょっと失礼かな?って思って、少し話を聞くことに。

提示されたチラシを見ながら、色々な説明をする主任の彼。

正直、その説明は左の耳から入り、右の耳からス~~っと抜けていっていた(笑)

帰るタイミングを伺っていたという方が正しいかも知れない。

ぼんやりと何気なく主任の話を聞いている私だったが、傍に開かれたチラシの一つが目に留まった。

 

あれ?ここさぁ・・・

と、私がそのチラシを手に取って聞いた。

 

居候先で寝る前にネットで賃貸検索をしていた時に、数多くの物件を見ていた。

その中でなんじゃ、これ?という物件が一つあった。

 

そこは二階建ての建物で、二階部分の間取り図が掲載されていた。

トイレは二つあり、部屋は大部屋小部屋合わせて五つ。

風呂もあり、全て洋室であり、46000円という安い賃料。

 

・・・ああ、でも、これはシェアハウスっぽい感じの物件なんだなぁ・・・と思っていた。

以前に目に留まった物件が今、その場で提示されている。

 

主任に手に取ったチラシに指を差しながら、

これって、例えばこの部屋と、この部屋でこの家賃ってことなんでしょ?

 

と、聞くと

いや、これ全部がこの家賃です。

 

 

思わず眉に皺がよって、声を上げてしまった私。

 

主任は続けた。

これって結構、いいと思うんですよね。 ですが、場所が場所だけになかなか借り手がつかなくって・・・。

 

私は感じるものがあり、それまでのテンションとはうってかわって主任に声を上げた。

ココ! ココ、見に行きたい!

 

主任は提示したチラシを片付けはじめて言った。

 

ここは一番、ここから遠い家です。 ここに行く途中の物件で他に紹介したいところもありますので、今から行きましょう。

私は主任に連れられて、外に出た。

 

車中で前の不動産のあんちゃんにした同じ質問なども投げかけてみたりして、程なく最初の一件目に着いた。

55000円のアパート。。

 

下見する前にあー、ダメだこりゃ。。って思ったが、一応、主任の案内に従うことに。

駐車場は玄関から出て目と鼻の先。

 

中は非常に広くって綺麗だったし、台所も広い。

だが、私は

〇〇さん(主任の名前ね)、次いこう。

と、私の方から急かす。

 

何故ならば、アパートは非常に綺麗だし、街並みも良かったんだけど・・・。

・・・周りがおそらくヤンキー家族ばっかりだった(ぶw

停まってる車が、シャコタンとか、いかついヤン車、近くにいた同じアパートの住民らしき子供を抱えたママは超金髪で普通の顔ではない。

 

別にそういった属性の人間を否定しているわけではないが・・・
(だって、だいぶ昔は私も同じような属性だったと思うし・・・)

でも、これからの私にはそういう人間が近くにいる必要性は全く無かったから。

アパートの敷地にはボロボロで、まるで追い剥ぎにあったかのようなスクーターが放置されていたし(;^ω^)

秒速NGの物件だったので、次にいくことに。

 

2件目は主任と会社の連絡ミスで本来の紹介物件ではなかったが、同じ間取りの同じ系統のアパートの別室を紹介された。

少々、古ぼけているものの、家賃は安く悪くない。

駐車場も近くにある。

だが、既に私はあの物件を早く見たいという衝動に駆られていたので、主任を急かす。

 

〇〇さん、あの物件が気になって仕方が無いんだけど。

わ、わかりました(;^ω^)

こんな感じだった。

 

私もあの物件は実際に中に入るのは初めてなんですよ。

と、主任は語り、どうやら細かい説明は出来ないことを示唆しているようだった。

 

2件目からだいぶ車を走らせて到着したその地。

送迎車から降りた瞬間、身体に電気が走る感覚がきた。

そしてやたらと吸った空気がうまく感じた。

建物そのものの外観は何の変哲もなく、むしろ古ぼけて汚れた感じ。

建物の二階部分が気になる物件なので、傾斜がある階段をのぼっていく。

ドアを開けた瞬間、ビックリした。

木の色がビッシリと目に飛び込んできて、玄関がやたらと広い。

 

あー、ここだな・・・。

と、私の心の中では既に即決の予感があった。

 

主任が色々と案内してくれる。

古さは否めないものの、私には充分すぎる作りだった。

とにかく綺麗に感じたし、圧倒的な居住スペースだった。

 

ここって前の人が住んでいて、空き家になってからどのくらいの時間が経ってるんです?

えーと、8ヶ月くらいですかね・・・。

確かに場所が場所だけに・・・だからこそ、家賃がこんなに安いのかと納得は出来た。

 

だが、例えば駅の近くじゃないとダメとか、近くにスーパーが無いとダメという条件は全くコチラには無い。

むしろ大事なのは・・・

 

ここって下に別の人が住んでるんですよね?

ええ、もう入居してかなり長く住んでもらってます。

どんな人?

確か・・・

 

主任の言葉を聞いてクリア!って思った。

詳しくは話せないが、お堅い仕事をしている人だった。

 

それに二階に来る際に、一階の外の様子をみると綺麗にしてあって、おかしいと感じるところは見受けられなかったし。

 

駐車場は別会社の管理だが、近くにあるという。

契約の際は、主任の方からそちらに連絡してスムーズにしてくれるとのこと。

心の中では即決であったが、やはり私はマイルールに沿った。

 

ここ、見た中で一番、いいんですけど、とりあえず帰って検討しますね。

決まってしまうかも知れないですが・・・

俺は急いでいない。 俺が〇〇さんに返事を出すまでに他の人が決めてしまったら、縁が無かったと諦める。

 

と、言い、物件から帰ることに。

 

帰り道の途中で・・・

不動産会社に帰る途中、車中でこんなことを主任が言った。

 

実はあそこは私の部下が一回、借りようとしていたところなんですよ。

へえ~、そうなんですか。

でも、一つ、条件がありまして・・・。

それって何?

あれだけ部屋が沢山使えるんですが、ペットが厳禁なんですね。 大家さんの強い希望で。

そうなんだ。

それで彼は借りるのを止めたんです。 すごく可愛がっているペットがいるので。

 

この話が本当かどうかわからないと感じながらも、とりあえず了解したという気持ちになった。

 

私は猫が大好きなんですけどね。

もしもペット厳禁でなければ、近くの野良猫を拾って、病院で検査してもらって今頃、飼っていることだろう。

でも、今も飼っていないのは、このルールに従っているからです。
(一回、内緒で飼おうとしたことはあったけど、やっぱり止めた(^_^;))

 

一応、検討するという形で話は保留にしたものの、主任も手ごたえを感じたに違いない。

不動産会社に帰り、少し話をした後に

ちょっと考えますね。 んと、次の俺の仕事休みが火曜日なので、それまでに返事を送ります。

良い返事を期待しています。

そう言い私は不動産会社を後にした。

 

家に帰る早々、私は前の不動産会社にお断りのメールを送った。

ちなみにテンション上がり過ぎていて、断りのメールを主任に誤爆して送信してしまい、焦らせてしまったというドジを踏んだりもした(笑)

 

土曜、日曜、月曜と仕事していたが、正直なところ、とっとと契約したい気分に駆られていた。

その位に私の中ではあの家が眩しく感じられていたからだ。

でも、私にしか分からない感覚なのだが、焦ってしまったらおかしくなると思う気持ちも拭い去れなかった。

だから、敢えて検討すると言って時間を置いたのだった。

 

誰かに話したかった。

まあ、KOUしかいないので、ファミレスに呼び出すことに。

 

アソコ(かつて同棲していたコスパ最強の物件)よりすげえ物件見つけたぞ!

ふうん、良かったじゃん(^_^)

まだ契約していないのに、テンション高く話す私を、おそらくKOUはガキっぽいなぁ・・・と思っていただろうが。

 

3月末日の火曜日の早朝。

私は主任に契約したいという旨のメールを送る。

ここから数度のメールのやり取りを主任とやり取りをする。

10日に本契約の日取りが決まり、それまでにやることは幾つかあった。

 

ここから私はようやく自分のそれまで住んでいた部屋の片づけをはじめることとなる。

 

 

現在(2021年)の私でも同じ一つの自分の人生観とマインド。

 

もしも自分が煮詰まっているとか、自分の人生を変えたいと思っていたとする。

その時は引越しをして、人間関係を変えてしまうことがいい。

引越しをした後に、以前の環境の人間の連絡もなるべく受けないことが望ましい。

とにかく自分のセルフイメージを下げる人間とは縁を切る位で事をすすめることだ。

それが例えどんな関係であったにせよ・・・。

決して以前の人間を居座らせてもいけないし、自分の意識や生活に介入させることは断じてしてはいけない。

そうなれば、結局、引っ越しただけ損であるし、全く人生が変わることも無いからだ。

対峙

私が将来、聖域になると感じた住まいの契約日の約束をこぎつけてからは、家に帰る様にしていた。

出来るだけ音を立てないように荷造りをしたり、引っ越しの構想などを練るためだ。

元々、居候する時に、自分の家財やアイテムの殆どを処分していた私。

 

それでも居候してから1年半の間には色々と物が増える。

そもそもずっとそこに住み続けるつもりでいたから、結構、部屋をカスタムしていたりしていたからね。

貯金は40万円ほど。

一円でも安く済ませる為に、もちろん引越し屋さんにも頼む気はない。

 

さすがに荷造りなどをしていると、当然、けーごが本気で出て行くということがバレるのは当たり前。

何?おまえ、マジで出て行くのか?

兄が冷たい表情で私にそう問いかける。

うん、4月10日にもう別のとこの契約を済ませた。

おまえ、それ全部、自分でやれよ? 俺なんも手伝わねえからな?!

頼む気なんか更々ねーよ。

兄の横では微妙な顔をしている兄嫁がいる。

私はそれまで家計管理をしていたので、兄の金に関するものは全部、兄嫁に手渡す。

父親の方にも、通帳やカード、支払先のことなどの簡易的なマニュアルなどを作って渡していた。

 

ある日、私は兄の部屋に呼ばれて、こっぴどく説教をされた。

まあ、どんな事情があろうと、私が居候してきたのは変わりないし立場が低いのは分かっている。

ただ別れる際には出来るだけ揉めたくはなかった。

こんなことになるなら、あれもこれもやる必要なかったじゃねーか!

兄は顔を真っ赤にして、私に怒鳴りつける。

俺もずっとココにいるつもりでやってたんだけどねぇ。 まあ、こうなった以上、もうしょうがない。 前のこといっても仕方がないだろう。

ちなみに兄嫁は元証券会社に勤めていた人。

金の流れなどが、1円単位で管理されていない私の管理を指摘してきたが、それ以上に兄の金の使い方に激怒していた。

私が金の管理をしているにしても、兄が車のホイールを変えたいとか、父が娯楽物に金を使おうが、全く止めずに金を出していた。

何故ならば、兄が働いて稼いだ金は兄が好きにつかうべきものであるし、父が稼いできた金は父が好きに使うべきものであったからだ。

ただあまりにも金がかかる物に関してはストップしたことがあったが。
(ローン組んでレクサスを買うとか、明らかに一年後には使っていないと思われる様なものとかね)

金の使い方に自信が持てないからこそ、セーブしてくれるようにと頼んできたのは兄や父なのだ。
(この辺は非常に過去に複雑なことがあったので、割愛する。)

 

おまえ、考え直すつもりないの?

嫁と言い合いしたあとに、ちょっと冷静になった兄は話を変えるつもりで私にいってきた。

無いな。 もう俺が出来ることは何も無いよ。

分かった。その変わり、おまえの使ってる部屋、しっかりとおまえが住む前の状態に戻せよ?

んなこたぁ、分かってるよ。

 

私は仕事休みの日は、とにかく掃除と持っていく必要が無い大きなものの解体をしていた。

時折、兄がチャチャを入れてくることがあったが、無視して作業を続けた。

仕事もしっかりとやっていた。

 

マネージャーには多少、理由を話して、相談にのってもらっていた。

相談というのは、私は派遣会社に勤めて然程の時間が経っていない。

なので、賃貸契約を結ぶ際には、勤務年数などを突っ込まれることを想定したからだ。

 

あとは保証人の問題である。

費用を安く済ませたいとは言え、絶対に父親と兄に頼みたくなかったから、保証会社を使うことを決めていた。

その際にも色々と理由を聞かれるのは明白だったし、やはり勤務年数と収入がキーポイントになるのは分かっていたからだ。

 

大丈夫。 ワタベにしっかりと言っておくから、進めちゃいな。 もしもダメでもウチ(会社)にも寮あるから。
(ワタベというのは、派遣会社の総務の人物。)

ありがとうございます。

もはや後には引けないし、引く気もなかった。

ファーストシーズンの到来

以前のブログ記事に幾度となく書いたけど、私が一番好きなバンドはDizzy Mizz Lizzy。

居候していた時の2014年の秋に、実はこのバンドが再結成していて活動していることをネットで知った。

その再結成一発目の曲が【I Would If I Could But I Can’t】。


聴いて速攻、気に入ってスマホに取り込んだこの曲。

 

家から出て行くときには、正直、楽しみもあるが、不安もあった。

もう後戻りできないし、するつもりはない。

 

何故かこの曲を聴くと元気が出たし、奮い立った。

2015年3月から2015年7月くらいまで、この曲しか聴いてなかった記憶がある。

バイクで会社に行くときも、帰る時もリピートにして何十回、何百回。

なので私の中でこの曲を超える曲は、そんな意味でも今後はありえないと感じている。

 

そんな感じで4月10日の契約の日。

約束の時間より少し前に必要書類を携えて、不動産会社に行くと、主任が待っていた。

こんなことあまり無かったんですが、大家さんも契約時に立ち会いたいということで (^_^;)

どうやら、どんな人が例の物件に住むのか見たいという事だそうだ。

 

不動産会社の客席に招かれて、茶を出されて大家さんの到着を待つ私と主任。

程なくやってきた人は初老の女性であり、メガネをかけてニコニコしている人の良さが滲み出ているそんな人。

 

大家さんが私の隣に座り、向かい合って主任が座る。

主任の彼は大家さんにメッチャ、気を使いながら契約を進行させる。

 

特に詰まるところも無く、契約が完了した後、軽く談笑する。

あそこは元々、介護会社の社寮だったんですよねぇ~。

主任が話の流れでそう言うと、大家さんは

アナタ、何か勘違いしてますよ? 元々は学生寮だったのよ? でも~・・・

勘違いを指摘されて主任は更に恐縮して、しどろみどろになっていた様子に思わず吹き出してしまった私。

 

帰る際に大家さんは満面の笑顔で私に言った。

あ~、どんな人なのかって思ってたけど、アナタなら全然、大丈夫そうね! 良かったわぁ。

私は

これからよろしくお願いします。

と、自然と最高の笑顔で言えた。

 

私が住むところは少々、従来の賃貸とは違っていた。

家賃の払いは銀行振込とかではなく、大家さんに直に所定の日に手渡しするということであった。

 

ちなみに大家さんの住まいは隣の一戸建てであった。

晴れて大家さんから私に鍵が手渡された。

 

現在の私は何となくであるけど、自分の人生史を段階に分けて考えている。

紛れもなく私の1st(ファースト)シーズンは、この日から始まったと思う。

それ以前の30余年は・・・0th(ゼロス)シーズンであるとしている。

 

さぁ、始まりだ・・・私は不動産会社から帰る時も、【I Would If I Could But I Can’t】を聴きながら帰路についた。

その水を飲む気はない

4月10日以前だったか、後だったかは記憶が無い。

ただ、こんなこともあった。

 

祖母のキヨちゃんを介護していた母親が倒れた時と、母親が亡くなった時に多大な尽力をしてくれた田舎の叔母さんにもメッセージを送った。

非常に残念な気持ちを返信メッセージに込めてはいたものの、叔母さんは私の味方でいてくれたように思う。
(ちなみに父親と兄がその後の法事で田舎に行った際、叔母はメチャクチャ、父親と兄を怒ったようである。その理由は言うまでもないが・・・。)

 

その日、一番上の兄から私にLINEが届いた。

内容は近くまで来たけど、家に入れてよということであった。

その時、二番目の兄がいたので、父もいないから厳しいというと、一番上の兄はああ、あいついるのかよ・・・という感じであった。

 

何の用事で出てきていたのかは記憶にないが、とりあえず一番上の兄に呼び出されて、近くのスーパーの駐車場で待ち合わせることに。

すると何故か、父親と偶然に出会った。

仕事にいっているはずであったが、その時は体調が悪くなって早退したということであった。

一番上の兄には、それとなく私が家を出ることになっていることを告げていた。

私は一番上の兄とは激しい対立をしていた時期もあったが、ある時を境に、たまにLINEで会話するくらいに関係は修復されていた。

 

おまえがあの家にいるのならば、俺は長男として安心だよ。

私には常にそう言っていたが、正直、それはあまり解せない気分。

しかし、それは一番上の兄の精いっぱいの気持ちであると受け取ってはいた。

 

スーパーの駐車場で微妙な顔をしながら、立ちんぼして会話が始まる。

気まずい沈黙になる時は結構あったが、何とか言葉を出す感じで・・・。

もう引っ越すところも決めているから、俺は変わる気はない。 もう俺に出来ることは何も無いよ。

私がそう言うと、小声で父親が言った。

 

もう、ダメかもなぁ・・・

ちなみにこれ以前に私は父親と激しい口論をしている。

その内容は明かさないが、その時にも二番目の兄と同様に父にも激しい幻滅を抱いたのだ。

二番目の兄は気づかれていないと思っているだろうが、実はその際、隠れて私と父親の内容に耳がダンボになっていたようだ。

気づいていないフリを私はしていたが。

 

話を元に戻す。

引っ越す時に、悪いけど車貸してくれない?

私は父親に言った。

 

ちなみにダメだという様な事を言われたら、レンタカー借りるつもりでした。

 

おとうさんが使わない時は自由に使っていい。それはいいけど・・・

父親が続けて何かを言おうとするのをさえぎって、私は

何回も借りない。 3,4回で済ますから。

持っていくものを厳選し、頭の中でシミュレートして見ると、その位の回数で収まる計算は立てていた。

 

その会話を聞いていた兄はため息をつきながら、不意に私に言った。

おまえ、これからどうするの?

私は恐ろしく冷たい気持ちで言った。

普通だよ。 会社にいって仕事して、飯くって、寝るだけだよ。 他に何をやることある?

兄はその場で帰ると言い、父親にまた連絡するね。といって去っていった。

 

この日だったか、別の日だったかは定かではないが、兄とはこんなLINEのやり取りをしている。

俺は死んだおかあさんのようにはなれないし、なるつもりもない。

おまえの気持ちはよく分かるよ。

年老いて病み上がりのおとうさんを、おいて出て行くことがどういうことかというのも分かっている。 でも、もう無理だ。

おまえ、こっち出てこないか?

東京には行く気はない。

そうか・・・おまえは東京の水が合っているから、くればいいのに。

そう言ってくれた一番上の兄の言葉は嘘でも嬉しかったが、そこの水を飲む気はなかった。

 

たった一人になりたい、どこであろうといい。

私を突き動かしていたのはそれだけだった。

 

4月10日以降、淡々と作業を進めていた。

部屋から全部、物を出してカラにした後に、念入りに掃除をした後、兄を呼んで見てもらった。

 

いいよ。OK。

兄は少々、驚いていたようだった。

 

おまえさ、新しい引っ越し先の住所、しっかり教えろよ? じゃないとおまえどうせ何かあったら失踪するとかするだろ?!

そのうち教えるよ。

兄が外出した後に、兄の部屋にいる兄嫁のところに行った私。

 

どうしたの?

キョトンとした兄嫁に私は

 

あんな兄で、どうしようもないところもありますが。よろしくお願いします。 お世話になりました。

私は兄嫁に土下座をした。

 

去っていく身分でこんなことを言うのはおかしいかも知れないが、その資格はあると思っている。

その理由は書かないが。

 

土下座する私を見て、兄嫁は吃驚して、土下座を返してきた。

 

こちらこそお世話になりました。 でも、けーごクンいないと・・・

軽く会話をした後、私は引っ越しの荷物運ぶからと部屋を後にした。

 

荷物を全部、引っ越し先に持って行ったあと、兄の部屋に行った。

兄と兄嫁がテレビを見ていた。

私は色んな気持ちはあったものの、居候させてくれた一年半のことを想い、深々と兄に土下座をした。

 

お世話になりました。 今までありがとうございました。

精一杯の威厳を保とうとしていたようだが、もう特に怒鳴ることもきついことも言わなくなっていた兄。

 

まあ、頑張れよ。

私はそれまで使っていた鍵を置いて、居候先の家を後にした。

気持ちの整理にしかならないが・・・

実は賃貸物件情報を夜、寝る前に漁っていた時に、もう一つ、収集していた情報がある。

 

それは『分籍』というものについてだ。

分籍というのは、それまでの戸籍から別れて、自分の戸籍を作ることを指す。

一回、分籍をしてしまえば、元の戸籍に戻ることは出来ない。

私は結婚した経験がないので、親と同じ戸籍に入ったまま。

ただ、どうしても気持ちの整理として、家を出ていってからこれをしたかった。

 

ただ私の戸籍は当時、父親の故郷の大阪になっていたので、戸籍謄本を取り寄せる必要があった。

なので、情報だけは収集して、引っ越ししてからやろうと決めていた。

 

私の中ではもう引越ししてからは、父親、兄、兄嫁と関わらないようにと実は決めていた。

引越ししてから、やったことは生活用品を揃えることもあったが、分籍を済ませたいということであった。

 

分籍をしたとしても、別に親子・兄弟関係の変更などはないし、引っ越し先の住所もしっかりと家族には分かるわけだが、それでも私は分籍に拘った。

大阪から戸籍謄本を取り寄せた後に、役所にいって分籍を済ませた私。

一見、意味の無い様に思える作業かも知れないが、確実に自分の心には変化があったと実感している。

 

新しい住居はもぬけの殻状態だし、便利な生活用品は何一つない。

冷蔵庫も洗濯機もエアコンもネット回線、掃除機などもない。

貯金も半分になっていた。

 

しかし、この時には不安よりも楽しみと期待、希望に満ち溢れていた。

ちなみに2015年4月中旬は、ホント、まだ寒かったんだよね・・・。

 

隣に住む大家さんが新しい店子の私が気になって仕方が無かったようで、逐一、荷物が運び終わるまで様子を見に来てくれていた。

で、灯油と灯油ストーブを貸してくれた(笑)

なんなら、ご飯作ってあげよーか?!(#^.^#)

それは大丈夫です。 と、いうかもっと過酷な環境で生きていたこともありますんで^^;

と、いう心温まること気持ちを見せてくれた大家さんには今でも感謝している。

 

それに、この人の為にも私は聖域に住み続けようと思っているんですよね。

2013年9月から2015年4月までに、決して悪いことばかりではなかったとはいえ、何かを蓄積させていた私。

決断をして、新しい自分の人生の扉を開いた時に、それまで溜まっていた幸運が一気に噴き出した感じがした。

 

と、まあ、長々と三回に分けて書いてみた続き物でしたけど、書いてて俺が楽しいな、これ(ぶw

 

前編、中編、後編と分けてみたものの、こっからがマジで楽しいから、タイトル変えて、気が向いた時に続き書いてみますわ。

(2021年1月に一本に統一し、タイトルも変えました。)

 

ここまで長々と最後まで読んでくれて、本当にありがとうございます。

見つけてくれて、ホント、感謝してます。

ではでは、気が向いた時に続きを書いてみたいと思います。

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