今そこにある傲慢の坩堝

秋の香りが漂うのどかな雰囲気ですが、皆さま、いかがお過ごしでしょうか?

 

今日も気が向いたので一本入れてみます。

 

ですが、誰にでもある非常に陰鬱で危険な感情である『傲慢』ということをテーマに。

 

少々、嫌な気分になるかも知れないし、後味が悪くなるかもしれませんが・・・。

 

それもこれも『たった一人の魔道』の一つの特徴であるとして受け取ってもらえるといいかな?

 

言葉は凄く大事


あくまでTwitter上で心構え的な文言をツイートする時、私はある意味、自分への戒めとして投稿することが多い。

 

上記の考え方は、ここ数年、非常に大事にしているもの。

 

もちろんね、どうしても言わなければならないこともあったりするんだ。

 

だけど、大抵は自らのエゴや自己承認欲求を満たしたいが為に、人を見下したり蔑んだりする言葉を吐きだすことが多い。

 

それによって、相手の気分を著しく阻害してしまうことも多い。

 

まあ、ノリで生きているタイプの人、とんでもなく享楽的に勘違いして生きている人間には絶対に理解できないことなのかも知れない。

 

関係が壊れてしまったり、危うくなってから、慌ててそれまでの自分が浴びせた言動などを冗談で済ませようとする。

 

または、そんなつもりで言ったんじゃない。という形で片づける無責任ぶり。

 

すごいのになるとそのくらいのことで・・・アナタって器が小さいのね・・・┐(-。ー;)┌と、言って開き直り、自分にはまるで非がないことを強調するアンポンタンな奴もいる(`▽´)

 

既にこの時点でそういった人間は、傲慢の気質があると私は感じているのだ。

 

もちろん、全ての人間には必ず良いところと悪いところがあるので、言葉だけでその人の全てを否定するというのはナンセンスだとは思うけど。

 

傲慢な奴といるとロクなことがない

自分も程度が知れているレベルであったが、傲慢だった時期がある。

 

だが、それ以上の傲慢な人間が身近にいた場合は、大抵、その人間の尻拭いに利用されたりするし、そいつを引き立てる為の存在にまで陥れられる。

 

大抵、そういう輩は自分を良く見せるのがうまくって、自己主張も多い。

 

飛ぶ鳥を落とす勢いで自分中心に全てが回っていると言わんばかりに言葉を放つ。

 

それを信じてしまった人間に対して、傲慢な奴が考えることはこいつの価値はなんだろうか?』ということだ。

 

大体は同情を引いて薄っぺらい愛情を示す言葉を吐きながら、金だったり時間だったりを自分の為に使ってくれという要求をしてくるものだ。

 

また傲慢な奴というのは、常に自分がヒーロー&ヒロインでいたい。

 

なので、自分の元から離れようとする人間を何としてでも阻止しようとする。

 

時には脅し、暴力、同情など、ありとあらゆる手段を用いて、自分の元から離れないようにするのだ。

 

誤解なきように言っておくが、野心とはまた違うのだ。

 

野心的な人間というのは、時に傲慢がそこに見え隠れする場合もある。

 

決定的に違うのは、本人自身がしっかりと血を流す覚悟があるのかどうかだ。

 

自分も身体張るから供に頑張ろうという人間は傲慢ではなく、熱い人間である。

 

だが、傲慢な奴というのは、自分の手は出来るだけ汚さないように知恵を使い、他人を自分の為の奴隷・玩具として使おうとする者。

 

まあ、大抵はこういう人間というのは、自爆する。

 

そして誰からも相手にされなくなったり、持て余されるようになり、望む人生を送れずに死んでいくことが多い。

 

私は出来るだけ優しさは大事にしていこうと思っている。

 

が、傲慢な輩の不幸を目の当たりにするとプギャー!!m9(^Д^) ざまあああ!!(`▽´)凸と下卑た笑いを止めることが出来ない。

 

また傲慢なやつには自分もそれ以上の傲慢で望むこともあったりすることもあった。

 

人生の中において、それは数少ない経験ではあるが・・・。

 

傲慢な人間の中にいると自分も・・・

ただ、自分も傲慢だったと感じる時期はあった。

 

それ以前にそれが傲慢であるという考えも無かったのだ。

 

しかし、実は私の過去は周りに傲慢な奴が多かったように思うし、そういうやつに洗脳されていた時もあったように思える。

 

まあ、19歳の時に頭のてっぺんからつま先まで熱くなる位の腹が立つことを言われて、当時、私がいた一族の中でもっとも影響力があった人間に反旗を翻すことになるのだが・・・。

 

この人間が傲慢だったからこそ、私の身内なども結果的に傲慢になっていかざる得なかったという要因もあったりするが、それは別の話。

 

だが、そんな傲慢な存在だった血のつながった親族の一人にも感謝しているところがある。

 

何故ならば傲慢とはこういうヤツであるという分かりやすい見本を示してくれたからだ。

 

何も知らなければ世界は邪悪で満ち満ちているとは、過去の記事でも書いた。

 

邪悪を作り出している根源というのは、傲慢な気質を持つ人間であるというのは、私は間違いないと断言出来る。

 

そして、そんな概念などは実は人が生きていく上で必要性が、ほぼほぼ無いという事も。

 

なので、傲慢な人間と対峙した時というのは、無視を決め込んだり、決して目を合わせないということを心掛けている。

 

そうすれば、自分自身もそうならなくていいし、不幸や不運を投げられることも無い。

 

それが自分を守ることにも繋がると思っている。

 

ただこうした自分も他人も不幸にする可能性が極めて高い心の概念である『傲慢』というものは、誰でも持ち合わせているものである。

 

時にはそれは愛情の深さが故に出てくることもあったりするから、難しいところだ。

 

最後にこんなことを

すごく沢山の時間と思い出を共有した友人、知人、恋人、夫婦、家族、仲間などなど。

 

理想の人間として、未だに言われているのが、『何でも言い合える人。』ってやつ。

 

昔の格言では『裸の付き合い』というやつと同義語といってもいい。

 

だが、私は違うと思って止まない。

 

何故ならば、その人と自分自身は似ているところはあっても、間違いなく違う人間だからだ。

 

言いたいことを言いあっても、尊重したりしなければ、その関係というのは辛いものになったりするだろう。

 

そんな関係が10年、30年、50年と続くというのは、そちらの方が私は普通ではないと感じるのだ。

 

・・・もうそこまでいってしまったら、何とかしようという気力も失せてしまっているのだろうが・・・。

 

或いはそんな辛い関係もどこかコンフォートゾーン(居心地の良い空間)として認識してしまっているのかも知れないが・・・。

 

とにかく、相手の全ては分からないまでも、相手の立場に少し立って言葉掛けを考えてみて、自分の行動に取り入れる。

 

これこそがその人を想う気持ちであり、愛情ということになると私は考えている。

 

もちろん、自分自身がそうであったとして、相手がそうであるとは限らない。

 

でも、それでもいいのだ。

 

もしも相手に自分のしている気遣いをこいつ、自分に媚びている(`▽´)とか『自分のこと好きだから、何でも言うこと聞くよ、あいつ(^o^#)』と、思われて、態度がネガティブな方へ急変してきたら、それこそが傲慢の気質を持つ者である。

 

そして、それは必ず行動と言動に出るものだ。

 

そこを垣間見た瞬間、その時に考えればいいだけの話である。

 

まあ、付き合ってみないと分からないことも多々ありますので、人間関係って難しかったりするのですけどね~。。

 

あくまで今回は『傲慢』ということをテーマに軽く書いてみた。

 

もちろんね、人間関係そのものというのは、生きていく上で重要なテーマだし、完璧なノウハウやテクニックなどは存在しない。

 

テクニックノウハウに固執しているのは大抵、ハメコミ屋とそれに付随する養分たちなので、どうでもいいのだが、多くは強力で誰もが持つ『傲慢』という気質が、人の不幸や不運を作り出しているというのが言いたかった。

 

だけど、多くの人間関係の中で、その関係が壊れたり、嫌なものになっていく理由のもう一つは『誤解』があったりするのだけど、これはいずれ、気が向いた時にでも。

 

最後まで読んでくれてありがとう。

 

見つけてくれて、感謝しています。

 

では、また(´Д°)ノ

 

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