3種類の心と1つの絶対的な存在

職場の同僚の娘さんは1つの身体に7人もの人格を所有しているという。

有名な凶悪犯罪者であるビリー・ミリガンの様に、法を犯すまでではないが現在は入院中だという。

決してこの記事はそんな同僚の娘さんの話をするわけではない。

多重人格者ではなくとも、人間誰しもが様々な自分を心に宿している。

今回は非常にマニアックな内容になるが、人生を生きて行く上で割と使える考え方に結び付くヒントになるだろう。

3つの私とたった1つの肉体

結論から言ってタイトルにもなっている3種類の心というのは、感情』『理性』『統制と私は考えている。

 

『感情』と『理性』というのはよく聞くだろうが、『統制』というのは、あくまで私が区分けしたものである。

 

感情的になると程度の差はあっても、普通じゃ出来ないことをしてしまったりする。

これは知恵や経験をつけて徐々に抑える方法を身につけていくことで、その情動は小さくなっていくもの。

社会に出て大人になっていくにつれて、そうなっていく傾向が強い。

 

何故ならば、現代の資本主義の社会を生きて行く中では、結果的に後々にプラスになることが多いからだ。

 

大体の人間がルールの中で秩序だって行動することによって、定められた対価を得ている。

その方が組織は円滑に行くことが多いし、結果的に社会貢献の結果も出るからである。

 

だが、しかし、そうはいっても人間は所詮は動物である。

 

抑えきれない感情が一旦、爆発した時には想像もつかないエネルギーを発散して、とてつもない力を発揮する。

それが良いことで悪いことであれ・・・。

1つの身体に宿る感情と理性

ビジネス心理学などで度々、登場するものとして挙げられるロジックがある。

 

男性理性的であり、女性の方が感情的な生物である”

”感情は理性の24倍強い強力な情動”

 

私は以前は男性こそ感情的でアホな生物であると思っていたし、女性の方が理性が働くと思っていた。

しかし、これは私が幼少期・青年期にいた周りの男性の大半が子供でアホだっただけであり、それを支える女性が理性的にならざる得なかっただけの話(笑)

 

自分の世界を変えてから出会う人間の多くは、男性は落ち着いて理性的に物事を判断する者が多かった。

そして実際には女性の方が感情的であり、何かと文句が多かったりストレスを溜めこむタイプが多いように思える。

 

どちらが良い悪いではないし、どちらが素晴らしいという比較でもない。

そうした傾向が強いということだけであり、どちらも人間が生きて行く上で大事な情動であるということ。

 

こういうことを意識しているとあることに気づく。

気づかない者も沢山いるのだが、感情的な自分と理性的な自分を俯瞰(ふかん)してみているもう一人の自分の存在だ。

もう一人の自分というのが、実は紛れもなく本当の自分であるのだ。

 

頭では分かっている!でも、出来ない!

よくある情動であるが、それが普通である。

何故ならば理性よりも感情の方が24倍強いとされているからだ。

 

あれをしたいんだけど・・・でも、絶対に失敗するな・・・こりゃ・・・

そう思って、頭を冷やしてみるのもよくある情動。

自らを律することが出来る人間というのは、悪く言えば消極的であるが、実際は場数を踏んできている為に冷静な判断が下せるともいえる。

 

感情の力を原動力にして、あとは理性で淡々と物事を遂行していく。

物事の設計を組み立てているのは、実は2つの情動をうまく使い分けている統制出来ている心の力であったりする。

 

感情的になった自分のメリットとデメリット。

理性的になった自分のメリットとデメリット。

それらを経験して俯瞰して見れて、自在に心の力をコントロールすることが出来るなら、既にそれは『統制』出来る心を宿していると言える。

 

そしてこれら3つの心は、たった1人の私・・・そしてアナタに確実に宿っているのだ。

第3の最強の心は後天的なもの

赤ん坊は潜在意識の塊であり真っ白であるからこそ、本能しかそこにはない。

言葉を操れないから、おっぱいが欲しければ全力で泣いて、自分が欲しいという気持ちを周りにアピールする。

手を差し伸べてくれる人を求めている本能だけで生きているわけだ。

これは明らかに感情そのもの力である。

 

産まれたばかりの赤ん坊が

おっぱい欲しいけど、ママは今、台所にいるから待とう・・・。

等は絶対に思わないし、理解も出来るわけがないからだ。

 

潜在意識の塊で純真無垢で全力で本能のままで生きる子供の成長スピードは凄まじく早い。

凄まじく早いからこそ、多くの失敗をする。

痛い思いもしたりするから、それを繰り返さない為にも感情を抑えて理性という心の力を宿すことになる。

 

こいつ、ムカつくからぶっ飛ばしたい・・・でも、親に迷惑かかるし俺も後になって怒られるし・・・殴られた方は痛いだろうし。

経験を積み重ねる程、感情的だった子供は先を読むことが出来るようになるために、感情をこらえて理性を働かせて最善の立ち回りが出来るようになる。

 

感情を走らせて得るモノも多いが、失敗して後悔することもある。

理性を働かせてうまく切り抜けられることも多いが、やりたいことが出来ずにそれもまた後悔に繋がることも少なくない。

 

第3の心・・・その状況に応じて、自分にとって最善な行動を取る為にどちらを優先させた方がいいかを考える。

統制された心、2つの心の力を使ったことがあり、それの結果を知っているものだけが使いこなせる力。

 

物事に対して、臨機応変に行動して自分にとってより良い結果を出す。

 

『統制された心』がそれを作り出せる至高の情動であると私は考えています。

知ったところで出来るとは限らない

少々、難しく抽象的な解説であったと思いますが、非常に重要であると思っています。

 

あくまで個人差はあるにせよ、大方の人間は2つの強い情動を持っているわけで、それを使いこなせたら3番目の心の力を宿せるわけです。

しかし、それを知ったところで、使いこなせるかどうかは別の話。

 

知ったところで、第3の心を完璧に使いこなすというのは、実は忍耐という気持ちが必要であり、それの繰り返しでしか宿すことが出来ないからです。

忍耐というのは、多くの人間が苦手とする心掛け。

 

しかし、忍耐力を持って、活殺自在に自分の力をコントロールする訓練を習慣に出来れば、生きていく上であらゆる場所で使える素晴らしい能力であると断言できます。

そして、それはたった1つの肉体しか持っていない生態系の頂点に君臨する人間だけが、宿すことが出来る能力だということを最後に付け加えておこう。

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