2018年6月1日から再び書き始めた【たった一人の魔道】も、100記事目。

何でもいいから、とりあえず毎日1記事は必ず書くという気持ちで続けてます。

コンセプトは『たった一人』とか『孤独』や『自由』というものなんですけど、時には脱線したりとかしています(笑)

6月の初旬から別サイトなんかも立ち上げて、一区切りついたわけですが、他にも色々とやることがあるんで、相変わらず適当に更新を続けていくスタンスは変わりません。

こっちに本領発揮するのは、おそらくは2年後くらいの様な気がします(笑)

そんな理由の一つでもある、今日は器ということをテーマにつづってみます。

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それを超えることは出来ない

我々には絶対に超えられないものが、幾つかあります。

その中の一つに、一日24時間、一年365日という時間の制約があります。

何をどう言ってもこれを超えることは出来ないし、その範囲の中でやれることをやっていくしかないのです。

出来ないことをやろうとすると、必ず失敗します。

昔は気合さえあれば、何でも出来ると思っていたことがありました。

気合を入れて、ひたすらやっていてうまくいったことは、確かにあります。

ですが、ある時に気づいたことがあります。

気合で何とかなるならば苦労はしない

気合は当然、大事。

絶対に大事ですが、それはあくまで最初に踏み出す時だけであって、その後は気合を入れると自分に圧し潰されしまったりします。

ひたすらやるということは、その他、今までやっていたことをやらないということです。

やらないというか、出来なくなるんですね。

他を捨ててまで、一つの物事をやることが、本当に自分にとって有意義で、実益があるものなのか?ということを、前もって考える必要があると思います。

本当に自分にとって必要なものは、割と多くは無かったりします。

なので、最初に色々とやってみることも必要ですが、本当に自分に向いているものが見つかったら、そこに一点集中することが重要であると思っています。


とりあえずやってみることは善、だが、しかし・・・

昔は興味があることを見つけたり、やってみようかな?って思った物事があったら、すぐに手をつけていました。

これは決して自分では間違っているとは思っていません。

何故ならば、即断即決即行動というのは、成功を手にする為には必要不可欠だからです。

ですが、立ち止まって考えることもあります。

それは、自分にとって何らかしらのコストがかかる場合だったり、誰かの協力なしには進めない物事だったりする場合です。

基本的に現在は誰かの協力なしでは、何も出来ないという事柄は周りにはありませんが・・・。

最初に考えるコストというのは、続けられるか否か・・・即ち、それに費やす時間はあるのか?と、いうことを私は考えています。

時間は有限であることを

時間は誰にでもある資源です。

だからこそ、然程、重要視されていない。

暇潰し』とか、『暇だから』とかという言葉や言動などは、よく聞きますが、その余暇を何に使うかによって、未来は変わっていきます。

大抵は感情に身を任せて、浪費の行動に使うことが多いと思います。

それが悪いというわけではありませんが、そんな時間を多く持てば持つほど、悪しき習慣となり、過去を悔む人生になっていくと思われます。

時は金なり』という格言がありますが、金よりも、もっと重い資源であるということを腑に落とさなければならないと私は切に感じているのですけどね。


『時』は金? 否、それは違う。 『時』とは自分の命を数値化したものである。

最後まで読んでくださって

ありがとうございます。

感謝しております。

Everything is going well!!

全てはうまく行きます。

それでは、またね^^

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